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2004/11/10

汽車ポッポ    ( 1-9 )

  当時のお気に入りの遊び場の一つに線路があった。 家の目の前にあって、汽車が時々やってきて、また行ってしまう。 そこは何かワクワクする場所だった。
 汽車はしょっちゅう行き来するわけでもないし、陽子ちゃんには線路に耳をつけて、汽車の遠近を知る方法も教えてもらっていた。 それに何よりももくもくと煙突から白い煙を出し、ポッポーと汽笛を鳴らしながら走る汽車は、随分遠くからでも解った。だから線路で遊ぶのが怖いなんて一度も思ってもみなかった。

 線路ではツクシ摘みや石炭拾いをした。 何にするという目的もなかったが、私と和雄ちゃんは、何か宝物探しのようなウキウキした気分で線路の周りの石炭を缶一杯になるまで拾った。

 汽車にまつわる想い出といえば、貨物列車の貨車の数を数えるのも当時の遊びになっていた。 後で知ったことだが、その頃朝鮮戦争が勃発し、山陽本線は軍需物資の輸送に追われていたらしい。 家の前を列車が通ると、その騒音で話し声も聞こえなくなり、私は手で耳をふさぎ、通り過ぎるのを待った。

 その待ち時間がすごく長い列車がだんだん増えていた。
 家の海側の縁側からは、列車の通過が良く見えた。 姉や兄は1台、2台とその連結車両を数え、その長さを競っていた。
 「今度のは32両も連結していたよ」
 「すごい、今までの新記録!」
 こんな会話を耳にして、私も一生懸命、貨車の通る毎に車両を数えた。
一、二、三、四・…、でも私の数は十を越えると怪しくなり、とても姉や兄の32まで数えられなかった。 後で兄に聞いた話だが、当時は時には50両を越えて連結されていたという。

 その貨車には、貨車の長さと同じ位の、一見コンクリートの棒のようなものが、無造作に積まれていた。 両側に数本の支えの棒があり、紐が上に掛けられていた。
母は「事故でもあったらどうなるのかしら…・」といつも浮かぬ顔で見ていた。
 その棒は爆弾というもので、遠くの方の戦争で使われているらしいということは家族の会話から解ったが、それがどういう事かは、全然見当もつかなかった。

                                 kisha.JPG

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