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2004/11/15

さつまいも    ( 1-13 )

  その頃のおやつでもう一つ印象に残っているのは“爆弾あられ”だ。 定期的に“爆弾あられ製造機”を積んだ小型トラックが回ってきた。 母はお米とザラメを持って、決まった場所に出かけて行き、帰りにはバケツ一杯に膨らんだ爆弾あられを持って帰ってきた。 それは米ビツに移され、毎日のおやつの時間にコップ一杯づつもらえた。私は今でも、似たお菓子をスーパーなどの店頭に見かけると言い知れぬ郷愁に満たされる。

サツマイモのふかしたのも私の大好物だった。 というより私は、生まれてこの方、食べ物に関しては好き嫌いがない。 何でもおいしく食べられる。
 これは戦後の何もないときに生まれ、五人兄弟の末っ子として育ったという環境によるところが大きいと思うが・…。私は食べ物に対する自分のこの適応性をあり難いと思っている。 私が成長して色々なところに行ったとき、その地に違和感を感じない要因の一つだと思うからだ。

 さて、サツマイモの話しに戻る。 私はある時、自分でサツマイモを作りたいと思った。 母に相談すると、農家の人に苗を分けてもらうといいと教えてくれた。
 私は早速、線路を越えて直ぐの所にある農家に行って、おじさんに頼んだ。 この農家には以前にもちょくちょく遊びに来たことがあった。 脱穀の時など、箱の中に稲の束を入れて、面白いように米と藁を別々にしていく。 

 農家の庭には家畜小屋があり、そこで馬や牛を見るのも楽しかった。 その頃は、牛は水田や畑を耕す時、活躍していたし、馬車は郊外では主要な運搬手段だったように思う。 道には、いたる所に牛や馬の糞が落ちていた。 誰かに“牛の糞を踏むと背は伸びないが、馬の糞を踏むと背が高くなる”と聞いたことがあったので牛の糞は注意深くよけて通り、馬の糞は乾燥したのを確かめてからおもむろに踏んだ。 

 おじさんは快く一握りほどのサツマイモの苗をくれた。 私は家に帰ると門の横にあった空き地にシャベルで一つ一つ苗を丁寧に植え付けた。 水をやり、雑草を抜き、一生懸命世話をした。 ある日苗の上に古新聞のかけらがついていた。 この光景はその頃の畑では良く見かけられた。 農家では当時人糞を肥料にしていた。 我が家にも定期的に農家の人が汲み取りに来て、その代わりに野菜をくれた。 その農家の人が私のサツマイモ畑にもちゃんと肥やしをまいてくれたのだ。
 そんなこんなで、収穫のとき、私の小さな畑から、バケツ一杯のサツマイモが採れた時は本当にうれしかった。 母がふかしてくれたそのサツマイモは、少し細めだったけど、今まで食べたどのサツマイモよりもおいしく感じられた。

 “ごちそう”といえば、私の誕生日に母が作ってくれる“おはぎ”と“あんみつ”も私の楽しみの一つだった。 私は今でもあんこといえば、あっさりした味の粒餡が大好きだ。 それは、母の味だった。
 とっておきのごちそうは、年に何回か、父の部下が家に来て飲み会をやる時に出された。 母がいつも用意するものに、チーズの薄切りとコンビーフがあった。 私は母の用意する傍らにつきっきりで、チーズの切れ端とか缶に残ったコンビーフをつついた。 まさにこの世の珍味だと思った。

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コメント

コメントありがとうございます(^○^)
美味しい画像ばかりで申し訳ないです(^^;
なにせ食欲の秋でしたので・・・

“爆弾あられ”ですが、こちらでは”パンパン菓子”っていいます(^^)
誰が名付け親なのか知りませんが、地域によって違うもんですね(^^)面白い♪

僕も何でも美味しく食べれるので、マズイって感じることはほとんどありません。
ただたんに”食いしん坊”なのと”舌が肥えてない?”だけかも知れませんが(^^;
でも食べることってほんと幸せです♪

家庭菜園いいですね!
自分で作ったものって安心だし、やっぱり愛情がこもって美味しいと思います。

ではまた是非お越しください!

投稿: mahalo | 2004/11/28 09:16

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» 秋といえば「お芋」忘れてた(^^) [mahalo's room]
なんか・・だんだんと最近冷えてきましたね(^^;いよいよ冬でしょうか?寒がりの僕 [続きを読む]

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