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2005/02/18

K先生と文法   ( 4-4 )

 K先生は中国語の文法を教えなかった。 文法と称して、文章をいじる事は、結構時間をかけたが、私達には、先生が何をいわんとしているか良く解らなかった。 その時の説明と以前の説明が矛盾している事もあった。
 先生は、日本において、中国語文法研究は形成過程にあるから、皆で考えて作り上げようとしていたのかもしれないし、そもそも文法なんてどうでもいいと考えていたのかもしれない。
 「東大生は、文法から入って一つの言語を理解したつもりになる」
 先生は良く嘆いていた。 言語は実体なので、一つ一つの単語の正確な理解から、実体にせまっていく以外に、中国語の真の理解は得られないと言いたいようだった。

 教材は一年生の頃は、中国の小学一年生の国語教科書をプリントしたものだった。
 「我把椅子。 山川君、どういう意味かね」
 「私はイスを持つです」
 「どんな風に持つのかな」
 「握って持つのです」
 「どういう風に握るのかな」
 私はしょうがなく机の上の筆箱を握ってさし出す真似をした。

 先生はきっと、イスの背を握って運ぶ動作までしないと、その時の小学生の気持ちを本当に理解できないと 言いたかったのかもしれない。 授業はこんな調子で、表面的にはダラダラしたものだったが、私は何となく引きつけられていった。
 実際の中国語学習は自分でやればいいんだ。 私は神保町の中国専門書店に行き最新の本を買ったり、短波放送を聞いたり、人民日報を読んだりした。
 K先生はある時、ポツリと言った。
 「山川君が男だったらなあ。 女は結婚するとクルッと変わってしまうからなあ」
 きっとK先生は、過去に苦い経験があるのだろう。 期待した女子学生が結婚と同時に学問を止めて家庭に入ってしまったとか…・。

 私は、高校のある先生の言葉を思い出していた。
 「あなた達は将来、二者択一を迫られる時が来るかもしれません。結婚するか、研究者として進むか。その時は迷うことなく結婚を選びなさい」
 この言葉はその時のショックもさる事ながら、時にふれ私の頭の中に重く響いた。
その都度、私は、ますます反対の意志を強めたのだが。
 「私は研究者として一生歩み続ける。結婚するかしないかは、副次的な問題だ」
私の頭の中では、結婚と、親しい友人を持つ事の間に大した差はなかった。 高校時代、何人かの女の友人との心の葛藤に苦しんだ私には、男の友人との付き合いの方が、気楽じゃないかとういう期待さえあった。

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