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2005/03/25

総長告示   ( 4-19 )

 そんな中で、8月10日付け、総長告示が学生一人一人に郵送された。 今思い出そうとしても、何も思い出せないようなところを見ると、まるで内容のないものだったと思う。 しかも、学生の正式代表機関 "全共闘 " が、何度も正式な話し合いを要求してきたのに、それらは一切黙殺していた。 その一方で、学生一人一人に、しかも夏休み中に、告示を送りつけるというやり方は、学生の分断を策動しているとしか思えなかった。 しかし、これを受けて、学生内部の切り崩しが計られ、医学部の卒業試験強行の意向に沿って医学部 "有志 "の名で、ストライキ終結を宣言する動きが現れた。 マスコミも、スト継続派に対する“暴力学生”キャンペーンを張り出した。

 8月29日、Y新聞記者に対して暴力を振るったという事で、医学部学生Mさんが告発された。 O総長は学生との話し合いにはその頃、決して顔を見せようとしなかったのに、Y新聞社に "病の身" をおして、謝りに出かけた。 
 “警察” は出番が来たとばかりに、暴力学生Mの逮捕に乗り出した。 そして、Mさんは学内で“暴力、傷害”容疑で逮捕された。 

 事実は、学生の自主管理中の建物に入り、挙動不審の行動をしていたY新聞の記者と、その記者を私服刑事と勘違いした学生との間に一悶着あり、その過程で記者の頭に小さなこぶができたという事らしい。 Y新聞はこれを大げさな傷害事件として警察に告訴し、O総長は学生達に何ら事情を聞くこともなく、一方的に新聞社に謝り、Y新聞社の告訴を受けて警察は、大々的捜査網を敷いた。

 「赤門以外の東大のすべての門、塀はもとより、本郷周辺の食堂から本人の下宿、家族、友人の身辺にも、私服、警官、パトカーが配置されて・・・ 」   (稲垣真美 「東大崩壊」 講談社)
 まるで凶悪犯の指名手配のようである。 この事件は、他の新聞、テレビでも競って取り上げられ、"暴力学生"キャンペーンの大波となって、学生の戦いを封殺しようと押し寄せてきた。

 この一連の動きは、私達東大闘争を支持してきた学生にとっては悪夢だった。
10月12日には、法学部も無期限ストライキを決め、全学部無期限ストライキに突入していった。 そして11月1日、O総長は辞任した。

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