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2005/03/16

ビラについて   ( 4-15 )

 私達が、本郷に進学した頃から、時計台(安田講堂)周辺は騒がしかった。 正門を入って正面突き当たりが安田講堂、向かって右側に法文2号館、すなわち私達文学部の教室や研究室があった。
 大きな銀杏並木と、古めかしいレンガの建物。 建物の中は薄暗くて、研究室前の廊下などを通ると、古い本のかび臭さが充満していた。 それがかえって、学問の府にふさわしいなどと、私は自己満足していた。 世間的華やかさなんか超越していて、研究に打ち込めそうな気がしていた。

 私はお茶の水駅からバスで通学していたので、第二学生食堂の前で降り、時計台を右手に見て、銀杏並木に出るコースで文学部教室に通っていた。 そのため、正門前から来る人に比べると、教室に着くまでに受け取るビラは格段に少ない。 それでも、この頃のビラの数は、驚くほど増えていた。

 駒場の教養学部にいた1、2年生の頃も、ビラは毎日もらっていた。 駅を降り、正門を通りすぎる頃には、片手に数枚握っていた。 片手にカバンを持っていたので、いつもその処理に困っていた。 入学当初は、部活やサークルの勧誘が主だったが、日を追って色々なセクトの政治的アジビラが多くなった。 それらの多くは、乱雑に書きなぐられ、文章もセクト用語で書かれていて、余り読む気が起こらなかった。
 bira 







ビラ配り


 

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