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2005/03/21

全学無期限ストへ( 4-17 )

 この日、私達は心の底から、大学当局のやり方に怒りを感じた。 それは、今後私達が東大生として、また東大卒の人間として、社会の中で胸を張って生きられるかどうかの根幹に関わる問題だった。 その日、正門前に出された都市工学大学院の立看は、私達のその時の気持ちを良く代弁してくれている。
 「弾劾さるべき者は誰か? 弾劾さるべき者は、まず何よりも闘いを放棄していたわれわれ自身に他ならない…」
 「医学部全学闘は、彼らを孤立化させた我々自身-彼らの闘争の破壊者、彼らに対する学内共犯者であった我々自身を挑発的かつ例示的に告発したのだ。…」

 その日、私達中文学科の学生は研究室に集まり、今後の私達の行動を話し合った。
まだ進学したての私達三年生から大学院生までを含めて“中文学生会”を創設した。
第一回会長に大学院生のUさんを選出した。 私達は緊急アピールを出し、今後は中文学生会としてまとまって、医学部の戦いを支持していくことを決めた。

 6月20日に行われた文学部学生大会は、いつもはひっそりとしている大教室が満員になり、私達は圧倒的多数で一日ストライキを支持した。 他学部も同様だったとみえ、法学部を除く、9学部が一日ストライキを行った。 その日の午後、講堂前で開かれた集会にはそれぞれの学科や学部がまとまって参加したので、ビックリする位の人数が集まった。 講堂前は埋め尽くされた。 私達は、ビラや新聞紙をアスファルトに敷いて、その上に座って、各派、各学部、各学科の医学部闘争支持の演説に、熱い拍手を送った。 その日、一万余の学生、教職員が集まり、総長団交を決議した。

 6.20
yasudakoudou_2 それは今考えると、学生達の東大当局に対する最後のエールだったかもしれない。
 「私達皆が後押しするから、先生達がんばって、古くさい医学部教授会を、説得してください」そんな気持ちが私の心の底にはあったように思う。この私達の叫びは無視された。

 6月26日、文学部の学生大会で、無期限ストライキが、やはり圧倒的多数で支持された。 大学院生も“全闘連”という組織を新たに結成し、無期限ストを呼びかけた。
  この時期、大学院生や助手の動きも活発だった。 医学部の前近代的なギルド制と同様のひずみを感じていた彼らにとって、医学部問題は、自分たちの問題として真剣に受けとめられていた。

 私達は待っていた。 大学の良識を、東大生としての誇りを取り戻せる一瞬を。
 そして28日、安田講堂で、総長との学生側で言う“団交”、大学当局で言う“会見”が行われた。 講堂内は満員で、通路も壇上も、ビッシリと学生で埋め尽くされた。 私達は総長の口から“大学の良心”が語られるのを待った。 
 そこで私達が見せられたもの、それは主治医に付き添われ、手首に心電図計をはめ、意図的とも見える弱々しさで登場した、総長の姿だった。
 「機動隊導入は、自分一人でやったこと、誤認処分の件は医学部教授会に差し戻す」
 総長の発言に私達はあきれた。

   6.28 他
6.28 dankou 機動隊の導入を誰がしたかを聞いているのではなかった。 学外暴力装置の導入によって学生の主張を押しつぶす態度を糾弾しているのだった。 誤認処分問題が医学部教授会で何ら解決できないから、医学部の学生達は、全学へ問題提起してきたのではなかったのか。 私達と総長は違う空気を吸っていた。 違う言葉を話しているような気さえした。 この後、いくつかの学部の大学院がストを宣言し、7月に入ると、工学部と教養学部でも学生大会が開かれ、それぞれ無期限ストが決定された。

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