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2005/03/30

イイギリの実  ( 4-21 )

 私は激しい議論で上気した頭を休めたかったので、一人皆と別れると、文学部の裏手にある 三四郎池に向かった。 騒々しい構内の中で、そこは別世界のように静かだった。 木々の葉の緑も、何となく疲れたようで精彩を欠き、紅葉した葉も散見された。 黄葉した葉が、かすかな風に吹かれて、池の水面に散っていく。
 目を上げると、イイギリの木に、赤い実が小さなブドウの房のように、あちこちになっていた。 池の上にぽっかり開いた青い空に映えて鮮やかだった。

 私は改めて、この間の事を考えてみた。 新聞では連日、H学部長との団交を“暴力学生”による“監禁”として、激しい非難報道が繰り広げられている。 生命の危険だ、人権蹂躙だ…・というセンセーショナルな言葉の影に、学生が、H学部長に話し合いを求める姿は、すっかり打ち消されていた。

 H学部長に、話し合いを求めるのは不毛なことなのか。 全共闘の七項目要求の中で、医学部処分問題と並んで、文学部処分問題は中心に位置づけられていた。 それは、大学における、学生と教授の力関係に触れる問題だった。 今まで、無権利で、教授会の一方的な判断に委ねられていた学生の権利を主張し、見直しを迫るものだった。

 H学部長は、従来の規則にしたがって行なわれたという一点に固執した。
 私達は、従来の東大の姿勢そのものに疑問を投げかけていた。この四ヶ月半に及ぶ東大闘争の過程の中で判ってきた東大の姿ー権威の上に胡坐をかき、それを守ることのみに汲々とし、他の一切の批判をかたくなに拒否する。
 私達は、その東大の改革の一歩を歩み出したかった。たとえそれが、どんなに小さな一歩であろうとも。

 文学部処分撤回は、文学部学生大会で圧倒的な支持を得ていた。 全共闘は当初、戦う学生の協議機関として成立してきたが、当時は各学部の正式議決機関の代表が結集していた。

 そして七項目要求は全面的支持を得ていた。 正確に言えば、民青系の執行部が握る教育学部だけは全共闘に結集していなかったが、文学部処分撤回は支持していた。 東大全学生の正式な支持を得ていた要求を、文学部学友会が、教授会に話し合いによる解決を求めていたのだ。
 偶然とはいえ実現した話し合いの場を、生かそうとしないH学部長の姿からは、誠意は少しも感じられなかった。

 H学部長がその気になれば、機動隊はいつでも出動する機会をうかがっていた。そのように権力に守られている立場の人間が、学生との対話を拒否するのが“言論の自由”を守ることなのか。 権威による“無視”の暴力の前に、東大の学生の総意は、かくも軽く、無価値なものでしかないのか。 

 しかし、“暴力学生”の言は聞く耳を持たないとの強硬姿勢は、マスコミの論調に受けたとみえ、当時、H教授はマスコミの英雄となった。

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