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2005/04/11

1・18、19 機動隊導入 (4-26)

11819 1月18日 朝7時前後、機動隊の大群が講堂めがけて押し寄せてきた。 それはまるで敵陣へ総攻撃をかける陸軍部隊もかくやと思わせる物々しさだった。
 ヘルメットにジュラルミンの盾、護送車を連ね、何千人という数で、龍岡門から、農学部正門から、池之端門から進入し、銀杏並木を、講堂周辺を、病院前を埋め尽くした。 総数8500名という。

 これらの事は、夜家に帰ってテレビによって知った事だ。 実際には私達はこの日、正門前に集結し、デモ行進をしていた。 私達の前に、正門は固く閉じられていた。自分たちの大学になぜ入れないんだ。 自分たちの大学の理念を守ろうとする人達になぜ、ガス銃を発射するんだ。 私達の体は怒りにふるえていた。 ワアーというどよめき。 デモ隊の一部が封鎖を破って構内に入ったらしい。 
  「封鎖貫徹!」 「闘争勝利!」 シュプレヒコールを繰り返し、機動隊と揉み合った後、「ガンバレ!」 と叫びながら正門から外に出たという。gakugai 
全共闘グラフィティ

 その後は、大学周辺のデモ規制は一段と厳しくなり、私達は大学のそばにも近づくことができなくなった。 私達はただ遠巻きにして 「闘争勝利!」 とシュプレヒコールを繰り返し、激しくジグザグデモを続けた。 私達は泣いていた。 催涙ガスのきつい臭いが目と鼻を襲う。 そのためもあったろう。 でも、私達は心の底から、やはり泣いていた。

 私は、機動隊の人に叫びたかった。
 「あなた達は自分たちのしている事が分かっているのですか。あなた達が今、守ろうとしているのは、古めかしいレンガの建物とその中に保存されている日本人の精神を締め付けてきた、ボロボロに錆びついた“権威”という鎖なのだ。そしてあなた達が銃を向けている学生達は、日本の未来を真剣に考え、新しい時代を切り開こうとしている全国の若者の熱い期待を背負って、そこに踏み止まっている、日本の良心なのだ」

yasudatoride 全共闘グラフィティ

 次の日、一体私はどこで、何をしていたんだろう。 今の私には全く記憶がない。
ただ、夜家でテレビを見ながら、涙が止めどもなく流れるのを、どうすることもできなかった。 催涙ガスは、講堂の学生に対してだけでなく、私達、全共闘の下で闘ってきた学生一人一人目がけて打ち込まれてきた。 心はズタズタに傷つき、血を吹き出していた。 夕闇迫る講堂屋上で、突然、学生達が肩を組み、インターを歌い出した。 私も心の中で一緒に歌っていた。 時計台放送が最後の放送を流した。
 「我々の戦いは勝利だった。全国の学生、市民、労働者のみなさん、我々の戦いは決して終わったのではなく、我々に代わって闘う同志の諸君が、再び解放講堂から時計台放送を行う日まで、この放送を中止します」
 この二日間に、東大構内で633名が逮捕された。 

 翌朝のテレビでは、バリケード解除の過程で、無惨に壊されたレンガの山や、自分の研究資料を放水によりグショグショにされた教官の“暴力学生”に対する恨み言が放送されていた。 この映像を見たとき、私の中で東大の最後の崩壊が起こった。
 私の心の中で “東大” は死んだ。

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