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2005/05/23

大学院進学   ( 4-38 )

中国から帰ると、そこには相変わらずの重苦しい現実が待っていた。 大学側は正常化を急いでいた。 二年分の授業を数ヶ月の形ばかりの講義で取り繕い、6月卒業という段取りになっていた。 中文の全共闘を支持していた人の多くは授業に出ていなかった。 今まで対立していた人と机を並べるのは精神的苦痛だった。 でも私には妥協するしか無いように思われた。 私は東大に踏み止まって、自分の思想を表現していくしかない。 形ばかりの卒論も提出し、私は大学院に進学した。

本郷進学以来、ご無沙汰していた駒場のK先生のゼミもあり、研究室を訪ねる機会も増えた。 二年になると修士論文の準備を始めた。 そんなある日、K先生が言った。 

 「山川君、助手になって駒場に来てくれないか」

私は一瞬、黙って先生を見つめた。 以前から、何となくそうなると思っていた。でもK先生の口から、はっきりとその言葉を聞いてうれしかった。 研究室の奥の書棚では、後輩のM君も聞いているようだった。

「はっきり言ってくれればやります」

「今、はっきり言ってるじゃないか」

  私はこれで、卒業後の進路が決まったと思った。 後はいい論文を書けばいいのだ。

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