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2005/05/27

革命現代京劇  ( 4-39 )

中国は当時、文化大革命の真っ最中だった。 私達中国語を学ぶ者は、“ 白毛女 ”や“ 東方紅 ”の歌を聞き“ 革命現代京劇 ”の映画を通して、中国の文芸に触れていた。

私は修士論文のテーマに“京劇”を取り上げ、それを通して中国の文芸を理解したいと思った。 中国の歴史を通じて、“ 京劇 ”のような歌舞劇は、民衆の圧倒的支持を得ていた。 各地、各時代に様々な様式が発展していた。

民衆の文芸を研究することで、今まで、とかく支配階級の好みに合わせられていた中国文学研究の新しい局面を開きたいと思っていた。 もう一つ私が修士論文でやりたかったことがある。 当時私は、人文科学系の論文に、“ある”空虚さを感じていた。 それらの多くは、事実を踏まえない、頭の中の空虚な理論のもてあそびに感じられた。 時には、結論が先にあり、事実を適当にあてはめていた。 謙虚に事実を見つめることから出発しない科学なんてありえない。

私はあえて、自分の論文を“ 事実 ”だけに語らせたかった。 “ 事実 ”の中から、物事の本質を浮かび上がらせたかった。 自分の論文の資料として、概論や、解説書などを極力排除した。 しかし、当時手に入る資料は限られていた。 その中で私は“人民日報”の中に現れる京劇の姿を丹念に拾っていった。 他に可能な限りの民間書籍も参考にした。“人民日報”は中国政府の機関誌であるため、政治主導的な面はある。 が、幸い、文革以前の京劇は比較的、政治から自由であった。

中国各地には、特色ある地方歌舞劇が存在した。 日本の宝塚の様に女性だけで演じ られるものもあった。 京劇も元は、地方劇の一つで、各地の要素を取り入れ、北京で人気を博し、“ 北京の劇 ”、即ち“ 京劇 ”と呼ばれるようになる。 しかし、北京は政治の中心でもあったため、種々の圧力も受け、出演者も男性だけに限られ、内容も支配階級好みのものへと変わっていく。 酒に酔った楊貴妃の表情を微に入り細に入り表現する事で、時代の寵児となった俳優もいた。


 そんな中で、解放後は一般民衆の好みに合う、もっと健康的な人物を登場させようという試みが、何度か繰り返された。

1964年6,7月に北京で開催された“京劇現代劇コンクール”には、全国18省市自治区から29劇団、2千人が参加し、京劇史上最大の盛大さであった。

ここで1964年6月、人民日報に載った二つの記事を見てみたい。

前者は、朝早くから、現代京劇の切符を手に入れるため、従来にないあらゆる層の人々が切符売り場に押しかけたことを紹介している。

後者には、従来の京劇にそっぽを向いていた青年層が、現代京劇を見て以来、熱心な愛好者に代わったことが紹介されている。

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wakamono  歴史的に見れば、文化大革命の中における“ 京劇革命 ”もその流れの一環として位置づけられた。

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