« 中国革命    ( 4-33 ) | トップページ | 新中国     ( 4-35 ) »

2005/05/09

2.28事件  ( 4-34 )

しかし、中国国内では、そこから更なる悲劇が始まった。 1946年、蒋介石は共産党地区への攻撃を開始し、全面的内戦に突入する。 蒋介石の支配地区内では、白色テロが再開される。 その流れの一環として、1947年台湾で起こった、2.28事件も理解できる。 

 1947年2月27日、台北市を流れる淡水河ぞいの商店街で起きたいざこざに端を発した台湾人による抵抗運動は、国民党の陳儀長官が蒋介石総統に援軍を要請した時から悲劇的な様相を呈することとなる。 

 同年3月8日に基隆港から上陸した約1万3千名の増援部隊は、台湾人の殺戮を開始すると共に、指導者層を次々と逮捕していった。逮捕と殺戮の対象は広範囲に及び、ことに国民党に対立する可能性があると見られた知識人は、ほとんど無差別に弾圧の対象となったといってよい。

 おそらくあの時の台湾における「白色テロ」による犠牲者は三万人を下らないだろう。 
                                          李登輝 「台湾の主張」より                                              

 しかし、蒋介石の大陸での勝敗は、1949年解放軍(紅軍は抗日戦争当時は八路軍、新四軍と呼ばれ、後1947年に中国人民解放軍と改名)による総追撃によって決着する。 1949年10月1日中華人民共和国が誕生する。

一方、中国大陸から追われた蒋介石は、台湾に恐怖政治 をしき、台湾統治に腐心する。 1949年に施行された戒厳令は1987年まで延々と続行された。

この間の事情を「軒を貸して、母屋を取られた」と、台湾の人達は言っている。

|

« 中国革命    ( 4-33 ) | トップページ | 新中国     ( 4-35 ) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2.28事件  ( 4-34 ):

« 中国革命    ( 4-33 ) | トップページ | 新中国     ( 4-35 ) »