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2005/05/20

北京見学    ( 4-37 )

熱烈歓迎

taiko   北京では、実に様々な所を見学した。 天安門広場、頤和園、景山公園なども見たが、私にはやはり、人民公社、解放軍の見学の方が興味があった。

中国共産党は、解放地区では大地主の土地を、実際に耕作している農民に分ける政策を実施していた。 中華人民共和国成立以降は、それを全国規模で実施した結果、全国におびただしい零細農家が出現した。小さな土地で資金もなく、肥料も農機具も買えない。

そういう現状を打破するために、自然発生的に、何軒もの農家が協力し て、集団農場化する試みがなされた。 それを国の方針として取り上げ、全国規模に押し進めたのが人民公社運動だったという。 農民達は、各自の提供した農地の広さ、家畜や農機具と、実際の労働量を総合して、全体の収益から分配を受けるというものだった。実際の農家の見学もさせてもらった。 日本とどうしても比較してしまうので、家具も衣服も質素に感じられた。

                                                                              人民公社

jinminkousha

しかし、解放以前、地主に殆どの収穫を持っていかれ、毎日の食べ物にも事欠いた生活に比べて、どんなに今の生活が恵まれているか、おばあさんは目に涙を浮かべて話してくれた。

この人民公社は、結成から何年も経過していた。 単位当たりの収穫の増大、家畜の増加、栽培作物の多様化など、様々な成果が上がっていた。 今後の課題として、機械化の推進に力を入れたいと話してくれた。

人民解放軍       jinminkaihougun 人民解放軍は、軍隊というイメージからは異質のものを感じた。 自分達で使う衣服や食料まで、自給するために、工場や農場を経営していた。 これは国民党との内戦の中で培われた人民のものには “針一本、糸一本” 手をつけないという精神を受け継いでいるという。 解放軍になるのは、農村では青年達の憧れであり、競争率も高いという。 制服も上下間の差別はなく、赤い襟章と帽子の赤い星が、人民の軍隊の誇りを示していた。

精華大学の見学では、学生が意外に少ないので驚いた。 聞くと、多くが下放で、農村や工場に行っているという。

中国でも解放後、20年が経過し、安定した生活が続く中で、革命を担ってきた幹部の中にも革命精神を忘れ、堕落し、権力の上にあぐらをかく者が見られるようになってきたという。 青少年の間にも、安易な生活に慣れ、苦労を避け、卒業後も都市に留まることを望む傾向が強くなり、農村部や辺境に行くのを嫌がる風潮が目立ってきていた。 そんな中で、“下放” 制度が、大規模に取り上げられ、学生の意識改革が図られているという。 革命の成果を次代に引き継いでもらうという事で、“接班人” (後継者)という言葉をしばしば聞いた。

北京から、また深圳に戻り、香港に入った。 男子学生の中には、やっぱり香港の方が気楽でいいといって、酒を飲みまくる人もいた。 私は、別れ際に紅衛兵の王さんからもらった 『毛沢東語録』 を開いてみた。

  世界是你們的、也是我們的。但是帰根結蒂、是你們的!                世界は君たちのもの

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