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2005/06/03

東大闘争私的総括試案

 日大全共闘OBさんへの返事をかねて。
 この間、多くの日大全共闘の方々との対話の中で、私が当時から、漠然と感じていたことが、少しずつですが、輪郭を現してきました。簡単に言えば、“東大全共闘は、連帯する相手を間違えたのではないか ”少なくとも、最も大事にすべき、相手を間違えたのではないか、ということです。
 文学部、長期団交以降、敵対に転じた民青に対抗するため、全共闘は、セクトへの傾斜を強めて行きました。これは、当時の左翼の中にあった、日本共産党に対する、不信感に根ざした部分もあったと思います。
 しかしこのことは、東大闘争の持っていた大きな可能性を幾つかの点でつぶしていったと思います。

 ①東大をどのように改革していくかが、いかに民青に対抗するかという問題に力点が置かれすぎ、目的が矮小化された。
 
 ②東大改革は、一日にして成らず。それが、全てか、無かに単純化された。
  安田講堂攻防戦は、ある意味、いたちごっこ化して百回繰り返すという選択もあったと思います。

 ③大学改革に政治闘争が持ち込まれ、闘争目的が見えにくくなった。

 他にも、反省点は色々あると思いますが、私の考えとしては、東大全共闘が日大全共闘を代表とする、各大学に根ざした全共闘勢力ともっと強い連帯を築き、地道な闘争を構築できていたならば、現在山積みしている、日本の抱える諸問題の多くは、発生しなかったか、発生しても早い段階で、適切な手が打てていたような気がします。


 

 

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コメント

ラッパの大将さん。
 日大の掲示板、時々見ています。当時、あれだけ、強固な闘いを担っていた方々の素顔が垣間見られ、とても楽しく読ませていただいてます。
 ハンサムか否かの判断は、客観的にはとても難しいと思いますが、愛される奥様が認めてくれているなら、それが一番ですね。

 日大「闘争」と東大「紛争」という括りには、
大いに反論がありますが、いずれ又。

投稿: あきこ | 2005/06/06 10:42

日大全共闘OB さん。
 直接的返事とはなりませんでしたが、言いたいことは、解っていただけたと思います。またコメントの場所、今回の私の主張と関係するので、良かったら、ここにしておいていいでしょうか。

投稿: あきこ | 2005/06/06 10:07

AKIKO様
突然、メールを差し上げる無礼をお許しください。
私は日大全共斗芸術学部斗争委員会で行動隊長をしていました。(気持ちは今でも現役!)
口の悪い同志諸君は自分のことを棚に上げ、まるで怪獣のように私のことを言いますが、会えばハンサムなのに驚くでしょう?
(誰も言ってくれないので自分で言わないといけないのが辛い。愛妻だけが理解してくれているのでマアいいか)

今、理工OB殿のHPに居候させて頂いています。
(芸斗委は誰もいません)
書簡・1995.10/21全共闘各位 new  http://www1.quolia.com/kt_yamamoto/19951021.htm

自慢できる??のは、バリケードの滞在時間の長さ、盆も正月も中で過ごしたことです。(ゲバルトとカンパ、バイトだけ?)
あの安田砦が落城する数日前に、20歳の誕生日をバリケードの中で迎えたことです。(ケーキも食い物も無かった)
度重なる右翼・機動隊のバリスト破りを阻止してきた、単ゲバです。(知恵が無いだけと言われています)

日大全共闘(共通)BBS-Ⅱ
http://8708.teacup.com/keitoui2002/bbsより
日大VS東大  投稿者: ラッパの大将  投稿日:5月 9日

赤春の風殿の東大に対する怒り・不信感は全共斗に共通する感覚です。
私はいまだ、我が闘争を総括できていません。芸術学部闘争委員会の同志の名前さえ分からない者がいます。
日大10万の全共斗を把握しきれていません。
ゆえに、日大全共斗と東大全共斗の比較は出来ないのですが、感覚的に述べてみます。
拙速な結論から言えば日大「斗争」と東大「紛争」の違いといえるのではないだろうか?
同じ全共斗を名乗っても異質な集団だったのではないだろうか?
もちろん東大にも猛者はいた? 日大でも日和見はいた!
 一般論です。
異論・反論・正論をお願いいたします。  以下略

思想的には右翼の若い衆に慕われる?
(ゲバ坊  火炎 瓶次郎 投稿日:5月16日)ように左翼的ではありません。(右翼・体育会そのまま?)

教条的・左翼と右翼の接点がファシズムだとするなら、その対極にある行動的・右翼と左翼の接点=アナーキズムが一番近いと思います。

総括はまだ出来てない、と総括して、合併を巡る住民運動を序章として2007年闘争に向け、隊列整えようと考えています。
ご存知のように我々団塊の世代が60歳になる時、会社も社会も大転換期を向かえ、官僚民主主義の政策、アメリカ追従主義により国家が破綻するであろうと予測されます。

40年前、我々の革命!が失敗して保守反動に振れ、物質的には豊かになったが精神的荒廃が進みました。
ここで阻止しないと子供や孫の時代はどうなるのでしょうか?
あの時は単なる学生の遊び?として片付けられましたが、今度は文字通り最後の戦い!40年ぶりのリターンマッチです。

時代の揺り戻しが始まりました。
還暦を迎え、暇があり元気な老年兵を再結集して最後の聖戦に望みたいと思います。

愛と平和の自由戦士より

投稿: ラッパの大将 | 2005/06/05 21:02

すみません
前の記事、日大全共闘の場所に書くつもりを間違えました。
総括私案のお邪魔をしたみたいです。
出来ましたら日大編に移動願えたら幸いです。

投稿: 日大全共闘OB | 2005/06/05 16:07

AKIKOさん、
記述の中の「連帯する相手を云々…」は日大側でも同じ思いです。
もっと東大と真に連帯していたならば…
日常的な交流と言うものが、互いの個別対応の忙しさのせいか全然なかった。
次に何かやる際は、その点を反省しましょう。
OBたちの話の中でも、もし仮に最初から東大と打ち合わせて、東大一般生が安田に立てこもり、日大本隊が本気で東大構内に突っ込んでいたら、情勢は一気に逆転して、安田講堂は落ちず、その後の日大のアウシュビツ体制も、あるいは…??
なんて、ごまめの歯ぎしりのような議論をしたところです。
数万余の味方に対して、たかだか8千か9千の機動隊など物の数ではなかったはず…
マジな話、物量で言えば勝利の可能性は大いに現実的であった、と言うところです。
その後、自主管理の日大各学部学生会館の中から、様々な大学改革の作業を行う。
そう言った筋書きが、当時具体的に描かれていました。
でも、歴史に[IF…]は禁物でしたね。

投稿: 日大全共闘OB | 2005/06/05 15:39

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