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2005/06/24

修士論文   ( 4-44 )

どっと疲れが出てきたような感じがした。 しかし、そうも言っていられなかった。 時間は待ってくれない。 修士論文を完成させなくては。

しかも、K先生にも満足してもらえるような立派なものにしなくては。

 私はまた、毎日、図書館や研究室に行って、資料集めをし、論文の構想を練りだした。そろそろ、まとめることも考えなくてはならなっかた。

修士論文審査の口頭諮問の日、教授達の私の論文への意見は、冷たかった。

 「資料は良く集めているが、自分の意見がない。 もっと自分の頭で考えたことを書かなくてはだめだ」 

 私は、悔しかった。私の意図を少しも理解してくれていなかった。 今後どうするか聞かれたとき、私は思わず言っていた。 

 「この大学で学ぶことは、もう何もありません」

 私は、その場で泣いていた。 本当にもう、この場に私のいる余地は無いという事を感じていた。 研究室を出ながら、私は気を取り直した。 本郷の先生が皆、私のことを少しも理解してくれなくても、私にはK先生がいる。 K先生の元で研究を続けよう。

それから数週間後、修士論文審査の発表があり、私も合格していた。

あんなに酷評されていたのに、良く受かったなと思った。 

 「何ら思索の跡が認められない劣悪なものだが、“東大全共闘”の残党は早いこと卒業させるに限る」

 多分、教授会はこんな事を考えて、私に合格点をつけたのだろう。

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コメント

おおとりさん。
 TBありがとうございます。悦子さんの死から、もう36年経ったのですね。私が初めてこの文章を書き出してからも6年過ぎたことになります。
 時々、歴史という大河を下っている笹舟のような無力感におそわれます。でも人生という川下りには、それなりの面白さもあり、わくわく、どきどきしながらこれからも続けていくでしょう。 悦子さんも、リタイアしたことを、天国で少し後悔しているかもしれませんね。

投稿: あきこ | 2005/06/25 12:00

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