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2006/01/28

冬の旅もいいものです

 私は元来寒がりなので、冬に旅行に行くことは余り無かった。それが今回、箱根に出かけたのは、源泉掛け流しの温泉に入れる、おいしい食事が食べれる、富士山もバッチリ見れるという誘惑に負けたからだ。

 一日目は、周遊券を手に、オーソドックスな箱根を満喫した。登山電車、ケーブルカーそしてロープウェイ、海賊船。息子達が幼かった頃は、色々な乗り物に大喜びなかれらを見ている事が、私自身にとっては、一番の喜びだった気がする。今改めて、箱根の自然と直に向き合っていた。

  大涌谷で見る富士はやはり素晴らしい。白雪の頂き、遥かに広がる裾野、青空に凛としてそびえる姿には、いつもながら敬虔な気持ちが沸き起こる。

 今回、箱根のいたるところで “歓迎 春節遊客” という旗が目に付いた。ああ、今年は1月29日が春節で、日本の元旦に当たる。きっとアジアからのお客さんが増えるんだろうな、と思うまもなく、大涌谷は、国際化の最前線になっていた。中国語といっても、広東語など南方方言が飛び交い、去年一年 “冬のソナタ” でなじみになった朝鮮語の一団が行き交い、アメリカ人らしいグループも混じる。日本人も関西方言あり、若者言葉あり・・・・。もう言葉の盛大な交響曲の真っ只中にいつの間にか参加している気分になった。政治家がガタガタ足を引っ張っても、民間ではきわめて自然に国際化は進行しているようだ。

kokusaika  “這是雪ま?”(これが雪なの)可愛らしい女の子が私の方を振り向いて聞いた。

 “是だ!這是雪よ!”(そう、これが雪よ)私が思わず答えかけたら、私の横の方にいたお父さんらしい人に、先を越された。

 きっと中国でも、南の方から来たのだろう。生まれて初めて見た雪にどんな印象を持ったのだろう。女の子の、今回の日本旅行が楽しく豊かな思い出となりますように。

 2日目は、山中湖に行った。湖面が全面結氷したのは22年ぶりという。湖の北側に、白hakutyou 鳥や鴨が群れているところがあった。見るとブルドーザーが盛んに氷を砕いて除去している。こうしないと、水鳥は水面で休む事も、餌をとることもできないという。地元の人の、白鳥に対する思いやりに触れた気がした。この小さな湖面上で、白鳥たちは運動不足解消のためか、時々疾habataki 走を繰り返していた。

 湖の中央部ではワカサギの穴釣りの人影が三々五々見渡せ、富士山麓右手遠方には、白銀に輝く南アルプスの山並みが見えた。空気は凛と冷たいが、風が無かったので、太陽光線は意外に暖かく感じられ、小さな川が流れ込んでいるところに見られる小さな水面に、逆さ富士が写りなかなかの絶景だった。

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2006/01/19

ライブドアショック

 ここ数日、ライブドアショックで株式市場が揺れている。日本のみならず、海外にまで影響が現れているという事実に、改めて世界のなかでの、日本の存在感にひそかに驚いたり、責任の重さを見た思いだ。

 事件そのものは、新興企業が業態の拡大を急ぐ余り、ルール違反をしたかどうかという事だろうが、2日間で日経平均株価が1000円近くも急落した事実に、株の世界の現状をかいまみられた気がした。

 ネットで、デイトレードをしている多くの、個人投資家にとって、特に信用取引をしている者にとって、予想外の急落ほど恐ろしいものは無いだろう。資金が潤沢にあるわけでもないし、情報は限られている。更なる損失を防ぐため、また万やむを得ず、持ち株を手放さざるを得なくなる。売りが売りを呼ぶ構図である。そうして、個人の零細投資家が手痛い損失に沈む中、大手の投資家が現れ、落ちきった株価をおもむろに拾っていく。

 かってバブルの崩壊過程でいやというほど見せ付けられた構図を、久しぶりに思い出させられた。こうして世界の工場と自他共に豪語していた、日本の優良企業のほとんどの大株主は、日本資本から、海外金融資本にかなりの割合で置き換わっていった。

 今回の事件の裏に、そこまでの意図的なものは感じられないが、マスコミの右往左往ぶりに個人投資家が振り回されている事実に胸が痛む。冷静に対処して欲しいと思う。

 

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2006/01/13

オカトラノオ

          okatoranoo

 これは、昨年の我が家の庭に咲いたオカトラノオ(岡虎の尾)の写真です。例年になく見事に咲きました。それで嬉しくて、今回出版した本の表紙に使いました。

 息子に言わせると、“重度の植物オタク”の私にとっても、この花には特別な思い入れがあります。ここに移ってきて20年近く経ちますが、当時近くの里山を歩くと、梅雨の合間、そう、太陽光線の最も強い頃、清楚な白い花が周囲のみずみずしい緑にはえて、はっとするぐらいきれいに感じられました。虎の尾というより私には、鶴がそこに群れているように感じられました。

 当時、数本庭に移植したのですが、これが実は、意外とたくましく、今では庭の中で日当たりのいい場所すべてに広がり、本家をしのいで見事な花を見せてくれています。この花は、種もつけるのですが、実際には地下茎を伸ばして増えています。切り取った枝をプランターなどに挿しておくと根を出すので、自然の中では、強風や動物に踏まれて倒されても、地面に接した所から又根を出して再生していくのでしょう。転んでもただでは起きないという、気の弱い私などは、お手本にしたい植物です。

 オカトラノオは、春の初め直径5ミリほどの、筍の頭の先を取り除いたような芽を出し、そのまますくすくと伸び、初夏、先端に小さな細長い花芽をつけます。これが10センチぐらいに伸びた時、下の方から順序良く小さな花を開いていくのですが、この時期にはローソクのように見えます。開花が花序の中ごろに達すると、この尾っぽとも、鶴の頭とも言える形になりますが、この時期が私は一番好きです。雨の日や、曇った日の朝には、この時期でもローソク状態の時もあります。

 オカトラノオの仲間に沼トラノオがありますが、この花はずっとローソク状態なのは、水辺に咲くので水分の供給が十分なためでしょうか。

 この冬は、寒波と雨不足が続いています。野菜も値上がりしています。今年のオカトラノオは、どんな花を見せてくれるのか一寸心配です。

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  また、全国の本屋さんの店頭で注文すれば取り寄せてくれます。

 

 

 

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2006/01/07

青は何色?

 最近、池や湖に行くと、何種類もの鴨の群れにお目にかかれる。先日行った不忍池では、もう “鴨捕り権兵衛” 状態で、ざっと見ただけでも、カル鴨、オナガ鴨、キンクロハジロ、ホシハジロ・・・・とひしめいている。手に持った餌を食べてくれたりして、人間との関係はきわめて良好だ。

 鳥といえば、昨年は野鳥観察に凝って、色々な場所に出かけ、様々な鳥に出会えた。名前も少しは覚えた。鳥の名前に触れるうちに、青・・・という名前の鳥は、実際のところ少しも青くない、という事実に気が付いた。青ゲラ青鳩青ジ、などはむしろ緑系統だし、青サギ(鷺)にいたっては灰色に近い。青色を強調したいときにはルリ(瑠璃)ビタキオオルリ(大瑠璃)などとわざわざ瑠璃をつけている。

 これらから判断すると、どうも日本人の頭の中では青という大きな枠内に緑系は言うに及ばず灰色まで含まれていた様に見える。そういえば、小さい頃読んだ昔話の馬の名前は大抵 “あお” だった気がする。やっと積年の疑問が解けた気がした。ちなみに最近の競走馬の世界では “あお” は黒をさすみたいだが。

 それにしても、おおらかな色の区分である。ネット検索をして次の事が解った。広辞苑のあおの項によると、“一説に、古代日本語では、固有の色名としては、アカ・クロ・シロ・アオがあるのみで、それは明・暗・顕・漠を原義とするという。本来は灰色がかった白色をいうらしい。”

 一方、私たちが古文として触れてきた平安朝の文学作品の世界は、細やかな色彩にあふれている。源氏物語の十二単の組み合わせ、平家物語の鎧兜の精緻な色彩描写に触れていたので古代より日本人は色彩感覚が鋭敏だと思っていた。

 しかし同じ日本の中でも、貴族と庶民の生活の格差はかなりのものだったのかもしれない。これは色彩感覚の差というより、日常の生活において、色彩を区別する必要性のある無しによるものだろう。毎日、粗末な衣服を着たきりスズメの生活では、当然、衣服の彩りは、話題に上らないだろうから・・・。

 現在、二極分化の危機が叫ばれているが、歴史を通じて日本には、大きな断層があったのかもしれない。戦後、焼け野原から出発して、かなり平等な社会を築き上げてきた日本を、又かっての階層社会に逆戻りさせては、先輩達に申し訳ないと思う。四原色の平等ではなく、多様な彩りの平等な社会を目指したい。

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2006/01/01

明けましておめでとうございます

         fujisan

 今年の東京は、うす曇ながら穏やかな元旦を迎えました。

 昨年は、瑞雪の希望と共に始まりましたが、実際には内外共に波乱に満ちた、反省点ばかり目立つ一年だったような気がします。

 今年は、平凡に始まりましたが、一人一人の善意と努力が実って、明るい世界が開かれればいいと願っています。

 年末には、念願の本の印刷も終わり、ひとまずやれやれという感じです。ただ、弱小出版社のため店頭には置いてもらえるか微妙なところなので、ご購入を考えてくださる方は、注文になると思います。 “収益金は、社会のひずみを直す活動資金としたい” と思っていますので、協賛していただければ幸いです。

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