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2006/02/03

青・緑合戦のゆくえ

 今日は節分である。実際には一年のうちで最も寒い時期なのだが、人間とは気分に影響されやすいのか、節分と聞くだけで、なんとなく春の気配を感じてしまう。

 ここ数日の雨にもよるのだろうか、空気もしっとりとして、庭のあちこちに草の元気の良い芽吹きが見られる。菊、キジムシロ、シロヨメナなど、いつのまにか新しい株を作り、生長のスタンバイ完了という風情だし、ヒヤシンスの球根も、しっかりとした芽を土から覗かせている。

 以前 “青は何色?” のエントリーで日本では、長い間、青の概念は、黄緑、黄色さらには灰色まで含んでいた事を、主として、鳥の名前で考えてみた。今読み直してみると、大切な緑について、抜け落ちていた事に気が付いた。

 青葉、アオキ(青木)、アオギリ(青桐)、青々と茂る葉、青物市場、青虫、アオダイショウ(青大将)・・・これらの言葉は、現在でも普通に使われているが、実態は緑である。それに対し “緑” は緑の羽根、公園の緑、など人為的な用例が多い。

 歴史的に見れば、みどりという言葉自体は、かなり以前から在ったらしい。語源としては、芽出る mederu → midori となまったもので、本来、成長力の在る、生き生きした様子を形容する言葉だったようだ。みどり児、みどりの黒髪などの用例にに面影をとどめている。

 しかし、色彩を表す言葉として、社会に認められだしたのは、かなり最近になってからのような気がする。息子達が幼い頃、実際には緑色なのに、青信号と呼ぶよう教えなければならなかった割り切れなさ。子供が、社会と妥協させられた最初の経験かもしれない。青信号が名実共に青色になったのは、本当につい最近のような気がする。青色発光ダイオードのおかげかも知れない。

 一方、地名に限って言えば、都内では“青山”“青葉台”“青戸”・・・・などが散見されるが、新しい住宅地には“緑町”“緑ヶ丘”“緑区”“緑山”など緑が目白押しである。 いつの時代でも、新しい事象が、社会に受け入れられるのは、それを支持する人の存在の有無に大きく左右されるのだろう。 

 とはいっても青と緑は私達にとってかけがえの無い色だ。青い海、青い空、緑の大地、緑の地球・・・両者、それぞれの持ち味を生かして、私達の生活を守って欲しいと思う。

 

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