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2006/04/14

7.張作霖のお屋敷

楽しかった軍隊での生活も瞬く間に終わってしまいました。あるおだやかな朝、母は重い荷物を抱え、部隊の宿舎を出ました。

それから間も無く、父が退役するという連絡がありました。母はうれしくてたまらないようでした。

“パパがもうじき帰ってくるのよ。もうパパと離れ離れの生活をしなくていいのよ!”

このニュースを聞いても、私は戸惑いこそすれ、ちっとも嬉しくありませんでした。

私は、生まれて以来、あの半年の軍隊生活を除けば、ずっとおばあちゃん子でした。祖母に抱っこされ、祖母に添い寝してもらって眠りに入る毎日だったので、父が帰ってきてこれらの生活がガラッと変わってしまうなんて考えただけで不安になりました。

父がついに帰ってきました。

秋も深まったある日、母の手作りの、真っ赤な地に、ピンクの小さな花柄模様のある綿入れを着て、父を迎えに駅に行きました。駅は、寝具からなべ釜まで背負った出稼ぎの人たちでごった返していて、小さな私は、ともすれば弾き飛ばされそうになります。

急に母が手を挙げ大声で叫びました。

“ここよ、ここに居るわよ!”


父が出稼ぎの人と同じように大きな荷物を担ぎ、私達の方へ大またで急いで歩いてくるのが見えました。この時私には、何人もの兵士を引き連れオートバイで迎えに来てくれた初めてあった時のかっこいい父の姿が浮かんできました。でもあの時の父と、今、目の前に居る父はどこか違います。同じ軍服を着ているのですが、良く見ると、帽子のあのキラキラ輝いていた赤い星がありません。星の跡が付いているだけです。肩章も無くなっていて、たくましい肩がなんだか寂しげです。

父は大きな両手で、以前と同じように私を引き寄せ

“パパだよ!早くパパって呼んでくれ!”といいますが、私には、軍人だった父と、今の父が何だか違う人のような気がして、どうしてもパパと呼べませんでした。

父が居ない時期、私と母は、母方の祖母の家に住んでいましたが、父が退役後、家が見つかるまで、臨時に軍人宿舎に住むことになりました。父はこの住居を後々までとても誇らしく思っていたようです。これは並みの宿舎ではなくて、張作霖が東北地方に駐屯していた時、住んでいた、由緒在る宿営地だという事でした。

                                                 (  続く )

  追記  題名は浩さんの原文では “張作霖的大院” となっています。はじめ大院を旧居と訳したのですが、屋敷の方がより適切な気がしたので修正しました。

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