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2006/04/21

8.おばあちゃんとにわとり

父は退役後、直ぐにある工場の警備関連の仕事に就きました。父の気持ちとしては、余り満足のいくものではなかったようでしたが、なんと言っても国営企業です。給料はあまりよくなかったのですが、工場の収益に関係なく、安定した収入が保証されていた点に魅力を感じていたようでした。

 父も母もとても忙しくなり、私の世話まで手が回らなくなって、私だけまた祖母の家で暮らす事になりました。

 祖母は社会に出て働いた事はありませんでした。しかし、七人の子供を育て上げる一方、夫の世話をし、両家の年寄りの面倒も見なければならず、休むまもなく働き続けました。その中で、孫娘の世話をするのは、祖母にとっては息抜きできる楽しいひと時だったのでしょう、とても私を可愛がってくれました。

 祖母の家で過ごした日々は、楽しい思い出でいっぱいです。祖母はとても温和な人で、他人に対して怒ったのをみた事がありません。私が機嫌悪い時は、何かかにか私の好物を出してなだめてくれました。

 でもその頃は、食べ物は少なく、配給制だったので、たとえお金があったとしても欲しいものが手に入らなかったのです。祖母自身の身体も弱く、真っ先に栄養を取る必要があったのに、いつも“目の中に入れても痛くない”孫娘の私のことを最優先に考えてくれました。

 

 国が貧乏で、国民の生活まで手が回らないなら、“自力更生、豊衣足食”、自分達で何とかするしかありません。祖母はアパートに住んでいましたが、台所の一角に、十数羽の鶏を飼っていました。雄鶏は大きく育てて、お正月のご馳走になりますし、雌鳥は毎日卵を産んでくれます。

 夜が明けると、雄鶏は競い合うように甲高い声で時を告げます。雌鳥も負けじとククッ、ククッと鳴きます。まるで音楽会のようです。

毎日同じ頃夢の中から呼び戻されますが、寝返りを打ち又中断された夢の中に戻っていくのもまた心地よいものでした。大きなベッドには、年の近いおじさんおばさんも一緒に寝ていてみんなも、鶏の声で一斉に目を覚まします。それに連れ、ベッドが上に下に、まるで鶏の合唱に合わせているように揺れるのです。そのたゆたいのなかにいると、親しい人たちに囲まれているという安心感が沸いてきて、私はまた夢の中に戻っていきました。


 今でも時々、その時のなんともいえないぬくもりを思い出します。同じベッドに45人一緒に寝る事も無くなったし、気心を知り尽くした者同士、同じ時、同じようなことをして、同じような気持ちを共有する機会が、それ以後ほとんどなくなったせいかもしれません。

                 ( 続く)

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