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2006/06/19

12.お年玉  続

しかし、私はどうしてもひざまずけませんでした。こんなお辞儀を以前した事が無かったし、そんなことしなくても、祖父は私にお年玉をくれるに違いないという気がしていたのです。

それなのに、祖父はゆっくりとお年玉をしまい、とても残念そうに大きな声で言うのです。

“このお年玉をあげる人を他で探すとしよう”


私はそれでも、なすすべもなく今にも泣き出しそうになりながら、そこに突っ立っていました。祖母がやってきました。おばさん達もやってきました。みんなで私が祖父の“皇帝ごっこ”に付き合ってあげるようなだめすかします。私もとうとう頭を下げ、祖父も跪かすのはあきらめ、最後のお年玉は無事私のものになりました。

祖父からのお年玉は20元でした。当時母の月給は60元前後でしたから、大変な金額です。今は、祖父がなぜあんなにもったいぶったのか判るような気がします。

滞りなく祖父の“お年玉”下賜の儀が終わると、いつもどおり三人のおばと三人のおじがお年玉をくれます。大体5元前後でした。それに続いてお正月の時だけ顔を出す遠方の親戚とかもそれぞれ“みんなの前では開けないんだよ”といいながら、そっとお年玉を渡してくれます。

 お年玉は、実は結構厳しい経済戦争なのでした。

子供達は、誰からお年玉をもらっても、そのまま両親に手渡す事になっていましたし、両親は、しっかりと金額を確認し、相手方にも子供がいる場合はもらった額に上乗せして返礼しなければなりません。もし20元もらったら、25元か30元の返礼をしなければならないわけです。そのため賢明な大人たちはいかに先にお年玉を上げるかに腐心します。出費を少しでも減らすためです。


 もちろん、大人の間の熾烈な競争など子供達は知りません。いつもはお金など縁が無いのに、この日ばかりは、大人がみんな競ってお金をくれるので、私も嬉しくて天にも昇る心地でした。

 しかし、子供達がいかに泣き叫んでお年玉の所有権を主張しても、最終的には大人に巻き上げられるのでした。

“あなたは未だ小さいから、ママが預かってあげるわ。何か買いたいものができた時に渡してあげるから。いいでしょう!”


 このようにして、毎年、母の甘言につられ、私の大事な、採りたての獲物は巻き上げられてしまいました。今思うに、お年玉は、子供を仲立ちとした大人の社交儀礼だったような気がします。

とはいえ、当時の子供達にとって、お年玉はお正月の最大イベントだったことには変わりありませんでした。


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