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2006/08/31

天寿

先日、親戚のおばあさんがなくなった。享年94歳だった。お坊さんからも見習いたいといわれたほど本人は病気とも縁がなかったという。知り合いからの訃報などでも最近は、享年90余歳というのが時々ある。長寿国日本を実感する。

葬儀も身内だけのささやかなものだったが、心がこもった暖かなものだった。参列者も顔見知りばかりで、久しぶりの再会を懐かしみ近況報告や世間話に花が咲いた。おばあさんの思い出話も懐かしく、故人へより親近感を感じられた。5人の息子、娘も健在だが皆社会の第一線から退き、孫の世代が今正に現役で活躍していて時代の移り変わりを感じた。

最後にお別れのとき、子供達が

“母さん、ありがとうな!”

“お母さん、本当に長い間ありがとう!”

と話しかけていたが、私も思わず胸がジンとして涙がにじんでしまった。

地方で過ごした夢多き少女時代。

結婚後はご主人の肋膜との戦い(それゆえに徴兵は免除されたが)、身内の戦死、事故死。

終戦後は栄養失調から来る子供の相次ぐ病気との闘い、やっと成人した息子の一人の不慮の死(これは晩年までおばあさんを最も悲しませ続けた)

一人の女性として、精一杯生き抜いたおばあさんの顔は花に囲まれて眠っているように穏やかだった。

家に帰ると余韻に浸っている暇もなく、天寿を全うできなかった多くの死のニュースが目から、耳から飛び込んでくる。

母親の命を奪った少年、事故とはいえ酒飲み運転で三人の子供の命を母親から奪った青年、同級生の未来を奪った男子学生(?)、・・・・・・むごすぎる。

こんな殺伐とした世相のなか、ますます気がめいるような出来事が明るみに出た。

N新聞のスクープにより発覚した“子猫殺し(子猫連続虐殺)”だ。これは容疑者Bの告白をN新聞社がエッセーとして掲載した事により一般人の知るところと成った。

ペットとして飼っていた猫が子供を産み、育てきれないので始末したというものだ。

これだけだったら、好ましくはないがよくある話であり、多くの動物愛好家が直面し悩む問題であると思う。その悩みの中から、避妊という文化的解決法を生み出してきたのだと思う。いわば外科手術が必要だが、患者の苦しみを少しでも軽減するために麻酔という医療技術を発達させてきたようなものだ。

今回のケースでは容疑者Bは命を奪う罪悪感から来る苦しみを引き受けるといっているが、何回も平然()と実行している姿からは余り苦しんでいるとも思えない。

そこで一番苦しみを押し付けられているのは、三匹の母猫だと思われる。母体にとって妊娠、出産は非常に過酷な試練である。生まれてくる子供への愛情で何とか耐え潜り抜けているともいえるのに、誕生と同時にわが子を奪い去られるとしたら、これ以上のむごい仕打ちはありえないくらいのものだろう。こういうことを繰り返し実行できる人に、猫が好きだと口にして欲しくない。

又食肉文化などを持ち出し弁護する人もいるようだが、古来アイヌは食料とした熊の霊を弔うため熊祭りを行ってきたと聞いた事がある。ふぐの霊を祭るふぐ塚もある。古来人は自然界の中で生き生かされている事実に謙虚であったと思う。その文化的集大成として仏教もあるのだろう。無用な殺生をいさめている。

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