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2006/11/28

郵政民営化と復党問題  続

郵政民営化反対議員の復党願い提出が伝えられている。

この問題の複雑さは、たとえてみれば、一週間梳かさなかった髪の毛を、両手でかきむしったようにごちゃごちゃに絡まっていて、事の本質を見極めるのが非常に難しい。

 

 まず歴史的経緯を見てみたい。前期内閣の世論支持率10パーセント割れという与党の存立が危ぶまれた時、K氏は与党の人気挽回を至上命令として登場してきた。祖父、父と続く政治家の家に育ち、今から見れば政局運営に関しては“門前の小僧習わぬ経を読む”の例えどおり、卓越したものを持っていたようだ。長期政権党として利権にまみれていた党の体質改善に敢然と取り組むような姿勢を見せ、多くの有権者の支持を取り付けた。

 住宅金融公庫、道路公団、・・・これらが官民癒着の象徴として槍玉に上がり、次々と民営化の俎上に載せられた。しかしこれらは利権の巣窟と化しているとはいえ、本来の役目は国の基幹を支えるものであり屋台骨であった。もし問題があるとしたら、長期政権の下一党の利権吸い上げ機関と化していた現状を変えるために政権交代をする必要があったのである。県レベルよりはるかに大きい、国レベルの多選の弊害が露呈してきていたのだ。

 こうしてK劇場とも称される、与党とマスコミ総力を挙げた田舎芝居が始まった。単純で一見分かりやすい筋書き、善玉と悪玉の登場。やらせの多用と、ごひいき目当ての過剰な演技。喧騒と派手な立ち回り・・・・。

 そして最後にK氏にとって自慢の出し物、郵政民営化の登場である。若いころ耳にはさんだネタに人生最後の大舞台を賭けた意気込みに、観衆はいつの間にか巻き込まれ現実と舞台を混同していった、自分の大切な財布の中身がいつのまにか無くなり、家の金庫もまさに空き巣狙いに運び去られようとしているのも気が付かない・・・・。こんな構図だろうか。

しかしカーテンコールであれだけ劇中で叩かれた悪玉と、善玉が仲良く手をつないで舞台に並んでいるのを見て初めて観客も自分達は“改革ごっこ、人呼んでリフォーム詐欺”という劇を見ていたことに気が付かされる。聞くところによると、主役抜擢をほのめかされて張り切っていたエキストラの皆さんが、伝統芸能では世襲しか重用しないと告げられリストラの危機にあるという。

 ところであれだけ騒がれた割に国民のなかで郵政民営化の本質を理解している人がどのくらいいるのだろうか。多くの人は、道路公団、各種天下り機関との連想で利権の巣窟の大胆な改革と理解しているのではないだろうか。何を守旧派はいまさら無駄な抵抗をしているのかと疑問に感じているのが大方の有権者だろう。新しい組織のもと、時代にあった合理的な姿にしてくれるなら任せてみようじゃないか。

 事実反対派は利権まみれの族議員ばかり目に付いた。郵政民営化反対イコール、旧来の利権維持派というイメージがすっかり定着してしまい、郵政民営化の意味するところを冷静に検証する努力がなされないまま国会決議されてしまった。

 ここで今一度、冷静に事の本質を考えてみたい。一番分かりやすい事は、何故日本の国内問題であるはずの、郵政民営化を、アメリカが何回にもわたり執拗に求め続けてきたかということだ。

 “天高く馬肥ゆる秋”日本では、秋晴れの空と豊かな実りをイメージされる言葉だ。これが本家の中国では、秋の収穫を狙って、英気を養った馬に乗り大挙して南下してくる北方遊牧民を警戒する格言であったという。万里の長城は農耕民であった中国民族の永年の悲願の結晶である。その後千数百年、万里の長城は修理補強こそされ壊して遊牧民を迎えいれた王朝があっただろうか?

 近くは、大阪城の堀の例が考えられる。豊臣秀吉がわが息子の安泰を願い心血を注いで作った大阪城も堀を埋め立てる事により落城の憂き目を見た。

 今、世界的に見ると残念ながら、金融の世界は戦国時代である。各国が自分達の国民を守るしかない。ありていに言えば、郵政の要、郵貯、簡保預かり資産は日本が国際金融の組織的攻撃から自国民の資産を守る防波堤、一端事があったときの軍資金の役目を果たしてきたし、果たす事のできる絶対に手放してはいけない資産なのだと思う。それだけに金融の総本山のアメリカとしては是が非でも無力化し取り除きたいのだろう。

 金融界の最近の気になる動向を見てみたい。

 一、19966000ドルを超え、グリーンスパンに根拠なき熱狂といわれたダウはその後もあがり続け、ここ数年1万ドル前後に張り付いていたのがここにきて根拠なくじわじわと上がりだした。

 二、経済的には好調な日本の日経平均株価がじわじわと下がりだした。

(一、二に関しては目先の上下動はあるだろうが、今後とも慎重な観察が望まれる)

 三、先日(11月8日)、全国紙に見慣れない広告が大きく載った。個人株主をターゲットにしKashikabuた貸株募集である。機関投資家から借りる事はさすがあきらめたのであろうか。(右参照)

 四、2007年5月、三角合併が解禁になる予定。

 これらの事実から国際金融資本(俗に言うヘッジファンド)が着々と準備を進めているのが見て取れないだろうか。

 これに対し日本の個々の企業も必死の防衛策を取っている。最近しばしば聞かれる、大型合併はいかに国際金融資本から自社を守るかの必死の防衛策だろう。なるべく身体を大きくして飲み込まれるのを防ごうとしているのだ。しかし個々の企業の努力の限界もあるだろう。そこで有効な防御策を打ち出せないで何処に政府の存在意義があるのだろう。国民の汗で営々と築きあげてきた富を、わざわざ危機にさらす政策を政権が選択してどうするのか、猛省を促したい。

 この間の流れを理解するのに下記の本は参考になると思う。

 

 『誰がウソをついているのか』 森永卓郎 ビジネス社



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2006/11/22

郵政民営化と復党問題

郵政民営化問題も過去形で語られる今日この頃、採決の過程で反対票を投じた人達の復党問題がかまびすしい。およそ一つの国の方向をも左右する大問題において、様々な方面から議論をするのは当然であり、何処に重点を置くかによって、賛成反対の意見も単純に割り切れるものではない。多様性を保障するのが、議会制民主主義の精神であろう。

三人寄れば文殊の知恵である。それを一つの結論に強引に縛りつけ、反対者を排除した前内閣のやり方には、開いた口がふさがらなかった。それに対し毅然と反対した人達には心の中で拍手さえしたい気持ちだった。多数意見が常に正しいとは限らないのは先の大戦の過程でいやというほど学習したはずではなかったのか。

又反対票を投じた人たちは、国民のためと信じた行動だったなら、党を追い出されようが、何をいまさら復党に固執するのだろう。党執行部が、自らの行動を反省して頭を下げたのならいざ知らず、自己の信念を屈してまで復党したいのは何故なのか。彼らが欲しいものは、政権与党に属しているという、すなわち利権に密着しているというポジションだけなのか。

与党執行部も多数の上に胡坐をかかず、自由と民主主義を標榜しているならば、もう少し名と実を一致させたらどうだろう。

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2006/11/15

晩秋の八ヶ岳  続

 前回は清里周辺の紹介にとどめたが、今回は小海線の車窓の風景をいくらかでも紹介できたらと思う。

清里駅から小諸行きに乗車。しばらくは、すっかり葉を落とし白い幹が目に鮮やかな白樺や赤松などの混交林が続き、しゃれた別荘などが樹間に見え隠れする。多くの木々が落葉し林間は意外と明るい。JRで日本一の標高にある野辺山駅を過ぎてしばらくすると、両側の視界が一挙に開け高原野菜畑が続く。キャベツなどの収穫も過ぎたのだろうか、先ほどの雨を吸い黒々と広がる。


Yatugatake 進行方向左手遠方には八ヶ岳が抜けるような秋空をバックに姿を現す。山麓がなだらかに広がる。赤岳の頂上が雲に隠れて、残念と思っている間もなく雲は流れ去り、新雪にうっすらと覆われ陽光に輝いている山頂が見えてくる。また綿帽子のような雲が流れてきて山頂に黒い模様を描き出すのを眺めているうちに、両側にカラマツに覆われて黄金色に輝く山々が見えてくる。

“ここ数日の冷えこみで黄色が鮮やかになった”地元の人の話を思い出す。Karamatu

右に左に、遠く近く雨上がりの日差しに輝くカラマツの山々を見ているうちに、“風の谷のナウシカの一場面を思い出した。金色に輝く光の山々は、何を癒そうとしているのだろう。

山の斜面の微妙な位置条件によっても、黄葉の具合は微妙に変化するようで、所々にちりばめられているヒノキや松の緑と組み合わされて一幅の錦織りを見ているようだ

Sakuhirose 右に左にと忙しく視線を動かしているうちに佐久広瀬駅に着いた。今日の行程はここまでである。無人駅で私達の他に乗降客はいない。なだらかな斜面に畑が続き農家がぽつんぽつんと見える。しかし人影は見えない。柔らかい日差しにすべてが優しく息づいている。しかし風はやはり冷たい。小さな待合室に避難しても目だけは、前方の川原の向こうに広がる山の斜面に注ぎ続ける。


ここは千曲川の源流に近く、切り立った岩壁には人手も入らないと見えて、様々Kinshuu な木々が紅葉を競い合っている。実に見事だ。上空は風も強いのだろう無数の木の葉が舞い上がる。又いつ会えるか分からない、そんな気持ちがして、目の前に何気なく広がっているこの風景をしっかりと目に焼き付けた。


      カラマツのプロフィール

マツ科カラマツ(唐松)属。日本固有種で名前の唐は葉の付き方が“唐(中国)の松に似ているためという。中部山岳地帯を中心とした天然分布域は意外と狭いが、戦後その樹勢の強さと生長の早さを買われ、北海道や中部山岳地帯などの寒冷地に広く植樹されたという。

本来火山灰地や山火事跡地などにまずあらわれる先駆樹種という。富士山五合目付近のカラマツも溶岩地にいち早く進出したパイオニア植物の面目躍如たる姿をとどめているが、現在はシラビソなどの常緑針葉樹に押され、分布域を狭めているという。

からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。

からまつはさびしかりけり。たびゆくはさびしかりけり。

これは北原白秋の詩の一節だが、落葉後のカラマツを描写したものと思われる。黄金色に輝くから松林は華やかで見る人の心を弾ませてくれるが、期間はきわめて短く、一瞬輝いたのち木枯らしに散っていくという。

カラマツは木材としては樹脂(ヤニ)が多く水に強いため、ログハウスの建材や尾瀬の木道として重宝されてきた。近年はご多分にもれず外材に押され、林は荒れるに任せられていたという。最近は樹脂をとる技術が開発され、集成材としての活用が期待されているようだ。

またカラマツの仲間は世界に広く分布していて、中国北方の大興安嶺は広大な純林に覆われているという。他にもシベリア、朝鮮半島、ヒマラヤ山地、ヨーロッパ、北アメリカと北半球の山地に12種類の分布が見られるという。強い適応力のなせる業であろう。

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2006/11/08

晩秋の八ヶ岳 

晴天に恵まれると期待した八ヶ岳行だったが、寒冷前線が近づき一挙に山の寒さに身が引き締まった旅になった。

清里駅から3時間ほどの行程といわれた自然歩道を歩いた。静かな林の小道は途中会う人もなく、前の日の雨でしっとりと濡れた落ち葉の積もる小道を鳥の声に耳をそばだて、リスが幹を登っていく姿を見かけて心躍らせながら歩いていく。ミズナラやクヌギは大方落葉し、林内も明るい。その中で潅木類の黄色や赤の紅葉がひときわ目を引く。

Dankoubai なかでもダンコウバイ(壇香梅)が多い。高尾山ではめったにお目にかかれなかったのに、ここではここかしこに鮮やかな黄色をちりばめてくれている。早春、花の咲くころも是非来てみたいと思う。

しばらく歩くと小海線にぶつかった。川俣川に架かった鉄橋のむこうに黒いトンKoumisen ネルの口が開いている。単線で、しかも一二時間に一本しか電車は来ないローカル線だ。とはいっても、鉄橋を中ほどまで渡って下を覗くと、体中に稲妻のような緊張感が走った。幼い頃、線路の周りで遊んでいたころの好奇心と畏敬の念が入り混じったような感覚が一瞬蘇った。

渓谷を上から見ると、モミジの赤と、カラマツの黄色、ツガの緑・・・と錦秋というにふさわしい景観が広がっている。しばらく見とれた後、断崖につけられた梯子のように急な階段を下りて川俣渓谷に降り立った。

上のほうから細かな雨のようにも見えるものがはらはらと落ちてくる。しばらく見ているうちに、それがカラマツ(唐松)の葉っぱだと気が付いた。渓谷は穏やかだが、上を見上げると青い澄み切った空を白い雲の流れが速い。梢は強風にさらされているのだろう。

Kawamatagawa それからは渓流沿いの道が続いた。以前いった事のある奥入瀬渓流を思い出した。しかし上り下りの道は奥入瀬に比べかなりきつかったが、昨夜来の風雨で降り積もったモミジの赤や黄色の織り成す小道の見事なあや織り模様を見られただけで苦労が吹き飛ぶ。大モミジ、瓜膚カエデ、板屋カエデ、羽団扇カエデ、麻の葉カエデ、・・・・実に種類が多い。

今回は途中崩落場所を迂回するため、急傾斜を登り牧場の周囲をしばらく歩くというスペシャルメニューも加わった。放牧の季節も終わったのか牛もいない広々とした牧場の緑が渓谷を見慣れた目には新鮮に写った。なんといっても広々とした風景は見る人の心まで広々とおおらかにしてくれる。

しばらく口笛なぞ吹きたい気分で散策した後又渓流にくだり、モミジを満喫したMomiji_1 が途中から小雨が降り出し、気温が急激に下がり清泉寮に着いたころには寒さでガタガタ震えてしまった。ここで名物のソフトクリームと行きたいところだが余りの寒さに、ホットミルクにした。ジャージー牛のミルクは確かに普通のミルクに比べ濃厚で飲み応えがあった。

 そこから清里駅までコースは残っていたが、雨は上がったとはいえ冷え込みがきついので急遽予定を変更して小海線で車窓の旅を楽しむ事にした。これが大成功。この素晴らしさは見た人にしか解らないだろう。

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2006/11/01

新卒採用加熱!

 一昨日のNHKクローズアップ現代は“加熱する新卒採用”というテーマだった。ずいぶん昔に聞いた懐かしい言葉だ。私の若い頃、日本は右肩上がりの経済成長を続けていていつでも人手不足だったような記憶がある。中卒、高卒の若者が“金の卵”として持て囃され、地方から大都市へ“集団就職”してきた。バブルの頃は更に輪をかけ、外国人労働者の採用に活路を見出していた時期もあった。

それがバブル崩壊(金融戦争の敗北)により、長期低迷時代が続いた。ここ数年は中国の経済成長の恩恵が日本にも及び、経済が再び活況を呈している。企業の採用も積極的になり、採用人数も大幅に増大しているという。

しかしである、企業の求人の多くが新卒採用に限定されているという。何故もっと就業機会を求めている若者に広く門を開かないのか。


日本には現在正社員になりたい若者がたくさんいる。経済不況が深刻で就職超氷河期といわれた頃社会に巣立つ時期を迎えた多くの若者が、その出発点で社会への入り口とも言える就職の門を閉ざされたつらい経験を余儀なくされた。以後も派遣、フリーターやニート、更には引きこもり(私には山で遭難した人がビバークする姿に重なってしまう)という社会現象を起こしている。

やっと彼らに社会の受け入れ態勢ができてきた今、最優先で社会が迎えいれるべき人材ではないだろうか。何年にもわたる不遇時代を過ごしたことにより、風雨に打たれ強く、温室育ちに比べ向上心もはるかに強いと思われる。


企業が新卒に期待しているのは“使いやすさ”なのだろうか。これは後ろ向きの論理である。成長が止まり、防衛体制に入った時の心理である。イエスマンに囲まれたい不明の君主の心理である。

企業経営者が、オープンマインド(世界的視野)と社会的責任感に目覚め、若者間格差を助長するような行動をとらないことを希望したい。若者も自分の狭い経験から就職希望業種を限定することなく、社会という大きな学校に参加していって欲しい。

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