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2007/01/08

茶の歴史

おせち料理や新年会で少々体脂肪が増えた向きには、プーアル茶がお勧めという。見た目は黒っぽいし、味もいまいちだが減脂効果抜群というので、最近は夕食後飲むようにしている。

いつもはおさんじなどに、チョッとしたお菓子と一緒に緑茶を飲むことが多いが、日本人だなー、平和だなーと感じられるお気に入りのひと時だ。


前にサザンカをテーマにした時周辺を調べているうちに、チャに関しても私にとってはいろいろ新しい発見があったので、ここで忘れないようにまとめてみた。


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 チャの花は、梅の花を一回り大きくした感じの白い花で、10月ごろ畑の隅にひっそりと咲いているのを見かける事がある。地味だが清楚で可愛らしい。しかしチャで注目されるのは何といっても葉であろう。みずみずしいつややかな葉は人類の歴史を通じて脚光を浴び続け様々なドラマが繰り広げられてきた。

 

 チャの故郷、照葉樹林に覆われた中国の西南部では古来、木の新芽を食用や香辛料として利用する文化があり、様々な葉が用いられてきたという。チャはその後薬草として注目され中国文化圏にも取り入れられたらしい。今から5000年の昔、中国の本草学の始祖が薬草を選ぶために様々な草を試食し、毒にあたった時に解毒薬として服用したと言い伝えられている。日本にも奈良時代に薬用としてもたらされたようだ。茶を服するという言い方が残っているが、服するは本来薬を飲む場合に用いられる。初め薬として渡来した名残だろう。

中国唐代の760年頃書かれた『茶経』によると当時すでに中国各地で茶が飲料として飲まれていたという。蒸した茶葉を餅のように固めたものをその都度砕いて飲んだもので、今日のチベットやモンゴルは当時の茶の製法や飲み方の流れをくんでいると言う。宋代の抹茶風な飲み方は1190年代日本に伝わり、茶道として洗練され今に伝わる。茶葉を蒸して製茶する飲み方は日本では今日まで受け継がれている。

中国では明になると庶民出身の皇帝の命令 (1391年)により、余りに精巧化し農民に負担を強いていた固形茶の製造が禁止され、作るのが簡単な散茶という茶葉タイプが主流の、釜炒り製法に変わる。

これらは緑茶(不発酵)の系統だが、宋代あたりから半発酵のウーロン茶、全発酵の紅茶なども作られる。この場合の発酵は茶自身に含まれている酸化酵素によるものだが、冒頭に紹介したプーアル茶は緑茶を更に麹菌で発酵させて作られるという。

ヨーロッパに伝わったのは、1610年オランダ東インド会社が長崎の平戸で手に入れた緑茶が最初という。その後、食事や水質の関係で紅茶が好まれるようになったらしい。ヨーロッパにも古来ハーブティーの習慣があり、喫茶の習慣が受け入れられやすかったのだろう。

19世紀から20世紀にかけて茶は世界的な飲料として飲まれるようになった。日本では日常茶飯事という言葉があるくらい生活の中に根付いているし、イギリスでも、三度の食事のときは勿論、ティーブレイク(おやつ)、アフタヌーンティー(午後のお茶)、ハイティー(夕方の軽食)など毎日の生活に無くてはならないものになっているという。

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