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2007/02/20

ウメ (梅)

Ume1 今年の梅の開花は早かった。梅といわず、いろいろの花木の開花が前倒しになり、暖冬をいやでも実感する。

温暖化のストレートな表現なのか、細かい波の一つなのか分からないが、素直には喜べない。


 例年だと、寒さの未だ厳しい中、一輪、二輪とかすかな芳香を伴い開花する白梅に春の遠からず来ることを予感し、光がそういえばずいぶん明るくなってきたなと感じたものだった。それからだいぶたって、我が家の庭の八重のピンクの梅も咲きそろった。

 それが今年は、あちこちの梅の開花情報に誘われ、見て回るうちに、我が家の梅もいつの間にか見頃を迎えている。

 ウメは花としても、実としても日本人の生活のなかに溶け込んでいる。梅干といえばおにぎりの具の定番だし、私の経験では体調が悪い時でも、ご飯と梅干だけは受け付ける。夏の飲料といえば幼い頃からずっと梅酒と麦茶だ。

 しかし私が花それ自体を観賞するようになったのは、あんがい最近かもしれない。日常の雑事に追われていると花をしみじみ見る余裕もなかった。

各地の梅の名所も、実梅林起源のものが多いようだ。近くの里山には、未だ現役バリバリの実梅林が幾つかある。わざわざ見にくる人もいないのだが、風に乗って遠くまで花の香りが漂い、満開の時は、一帯が白雲に包まれたようで美しい。メジロやホオジロなどが枝を飛び交い、田舎のよさを満吃できる。

 こんなに日本人の生活に溶け込んでいる梅だが、中国の南西部が故郷のようだ。奈良時代に薬用として渡来したというが、同時に花を愛でる文化も渡来したようで、万葉集には在来のハギを歌ったものに次ぐ、118首が詠まれているという。

 

 わが園に梅の花散る

      ひさかたの天より雪のながれくるかも               (大伴旅人 730年)


  東風ふかばに匂ひおこせよ梅の花 

      あるじなしとて春を忘るな  

                                      (菅原道真 901年)

  前者は散る花びらを雪にたとえて美しい。後者は平安時代に詠まれたものだが、作者の悲しみが読む人に伝わってくる。

 本家中国でもこの二つの潮流が見られる。

   

 疎影横斜水清浅  暗香浮動月黄昏。 宋 林逋 

  

  澄んだ水面に枝影映し、

     ほのかに香り漂う朧月夜

   

 故山風雪深寒夜 只有梅花獨自香。 宋 朱熹

  吹雪のなか深夜家路に向かう、

     梅の花のかぐわしい香りが迎えてくれた


 花と枝ぶりの美しさ、芳香、寒さのなかで咲く強さ。古来多くの歌に読まれ、愛されてきた。


 特に近代においては、民族としての存亡の危機のなかで、寒さに屈することなく、凛として気高く咲く姿に自らの理想を重ねた人も多かった。1911年、辛亥革命で成立した中華民国の国花とされたのも、当時の中国人の気持ちが投影されたのだろう。


 その後、中国本土には中華人民共和国が成立し、建国時の混乱も収まり、豊かな国づくりに励んでいるなか国花が制定されたという。牡丹、梅、蓮、菊、蘭の候補の中で梅派、牡丹派の間で議論伯仲したらしいが、最近投票で牡丹に決まったという。しかし梅人気はまだまだ健在で、女性の名前や、衣服の模様など多くの場面で目にする事ができる。

 訂正  最近国花が牡丹に決まったと紹介したが、実際にはまだ大論戦の最中で梅、牡丹両方を国花にという案も浮上しているという。

     

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