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2007/02/12

コガモ

 多摩川に久しぶりに行った。支流沿いにサイクリングする事10数分、小ガモと軽ガモが仲良く混じって泳いでいた。両岸も川底もコンクリートに覆われ野鳥たちには申し訳ないような人工的川なのだが、本流の分岐点も近いせいか、色々な鳥にお目にかかれる。黄セキレイや背黒セキレイを見かけたこともある。

 

Kogamo コガモは多摩川本流では何回か遠くで群れを見かけた。しかし数メートル先でのんびりとくつろいでいるのを見たのは初めてだった。おだやかな日ざしを受けて、目の辺りの羽毛が鮮やかな緑色に輝き美しい。カルガモに比べ二周りほど小さいが両者とんちゃくなく交差して泳いでいた。

本流との合流地点に近い、枯れ果てた葦原の茂みの中に、遠目にも鮮やかに青くKawasemi 光る点が見えた。近づくとカワセミだった。見ている間にも何回か水に飛び込み魚を採ろうとしていたが、空振りに終わっていた。

川岸の高木の梢の上にはノスリが置物のようにじっと止まっていた。私たちが弁当を開き、のんびり食べ終わってもまだ同じ所にいた。なかなか餌が見つからないのだろうか。

自然のなかで生きていくのは厳しそうだ。その点飼育されている動物はずいぶんと楽なものだ。毎日決まった時間に、十分な餌にありつける。外敵に襲われる心配もない。これだけを見ると、いいことずくめのようだが、実際には、飼い主の怠慢で運動不足になりやすい。

昨今問題になっている鳥インフルエンザについて考えてみた。殆んど身動きできない狭い空間に、自然の風や光から遮断されて押し込められ、ただ卵を生むことだけを期待される(卵を生む機械?)。ブロイラーにいたってはただ一定の重さに太る事だけを要求される。生命力も衰え病気にも感染しやすくなるだろう。そして成長促進剤や抗生物質の大量投与。更に弱まり、更なる薬の使用・・・・の悪循環。

このような何とか生きている状態で、何億年にわたる百戦錬磨のウイルス細菌軍団との勝負に臨ませても結果は火を見るより明らかであろう。病原体を地球上から抹殺できない以上、鶏たちに生命力を蘇らせ鳥インフルエンザウイルスに負けないよう育てる事のほうが、人間にとっても栄養価の高い、おいしい卵や肉を手に入れるたしかな道だと思うのだが・・・・。

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