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2007/06/25

中高年の星  続

恒産無くして恒心無し” これは普通の人々にとっては真理であろう。

“武士は食わねど高楊枝”などというのもあるが、これはいかにもやせ我慢している感じである。

恒産とは果たしていくらぐらいあれば十分なのだろうか。これは個人差もあるだろうが、人一人生きていく費用は、基本的にはそんなに違いはないと思う。要するに、毎日それなりに無駄遣いしなければ、明日の生活を思い煩わなく過せればいいのだと思う。

大卒で就職。60歳で定年。子供達は独立し、家のローンも完済。そして月々20数万円の年金。高卒の場合も月給は少し低めだが、3年間長く働いているので年金はほぼ同額であるという。それにいささかの預金でもあれば余生何をわずらう事あろう。これが少し前までのごく一般的なサラリーマンの定年後の姿だったと思う。

日本は高福祉国で医療制度も充実しているし、定年後の人生は趣味に、社会貢献に、やり残した人生の理想の実現に・・・・と有り余る時間を使える人が増え、中高年の星が輩出し銀河のごとき趣を呈するのかもしれない。

数年前まで、私はそう考え高齢化社会もまんざらではないんじゃないかとひそかに思っていた。しかしこれは甘かったようである。ココに来て私達は制度疲労をきたしていた年金制度、国民の生活を守るために選び国会に送り込んでいると思っていた議員が実は監督責任をなんら行使していなかったこと、しかも問題が発覚するや自己保身に汲々としている醜態・・・を毎日のようにマスコミを通じて見せ付けられ唖然としているというのが正直なところだと思う。

社会保険庁の仕事のずさんさ。これは戦前戦後を通じて国民の間に何となくあった“お役所”信仰、すなわち旧帝大卒を中心とした優秀なひと達により構成された、信頼できる国家機構という足場を掬った。

宙に浮いた5000万件の年金記録。何回も聞いているうちに麻痺してしまいそうだが、その一つ一つが個人にとっては、今後の人生に大きな影響を持つ決して小さくはない事柄なのだ。それを理解していれば、決して誤りや、怠慢を見過す事は許さなかったはずだ。何重にもわたる事後チェック、本人への確認が徹底されていれば今回のような事は十分防げたはずだ。

又問題発覚までの経緯も情けない。内部や周辺では、かなり早くから問題の存在が分かっていたのにもかかわらず、なんら是正の手が打たれず、隠し通す事に汲々とし、一度国民の前に発覚するや、お門違いの方面に責任転嫁して当面の矛先をかわそうとする。

挙句の果ては、社保庁の役人の首を切るから、与党に改革を任せてくださいときたものだ。逆であろう!現場の人間を今の時点で切ったら、宙に浮いた記録は永久に闇に飲み込まれる危険が大きい。問題は監督責任を全うしていなかった与党にあるのだから、それこそ総辞職をして、国民に安心して年金行政等々を任せられる人間をじっくり選びなおす機会を提供するのが責任を全うする道だと思う。

それと平行して、社保庁は時間をかけて国民が納得できるまで不明点をなくしていく事が求められていると思う。当然それにかかる時間、費用は社保庁の職員の自己負担が原則であろう。

いわゆるサービス残業、賃金カット等自分達のしたことは、自分達で責任を取って欲しい。社保庁の改革だ、解体だはその後でゆっくり考えればいいことだと思う。

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2007/06/18

中高年の星

この季節、花といえばアジサイとアヤメであろう。

アヤメといえば、東京にも名所は数々あるのに、先日わざわざ潮来に行ってきた。潮来花嫁さん♪ 潮来笠♪などの歌もあり名前は馴染み深いのだが都心をはさんで我が家から反対側にあることもあり、この年になるまで一度も行った事がなかった。

Ayame  こういう時ツアーは便利である。行きたいところを含めて、何箇所も効率的に見て回れる。そんなわけで本来は潮来のアヤメがお目当てだったのだが、佐原の昔ながらの街並みもついでに見ることになった。

 行ってみて驚いた。つい先頃いってきた、中国の江南の水郷地帯に雰囲気がそっくりなのだ。利根川に連なる町の中に張り巡らされた運河。そこをのどかに行きかう小船。川岸の柳、家ごとにあったという船着場。家々の白壁、木肌を生かした柱、黒い瓦屋根・・・・・。両者が私の頭の中でオーバーラップしてSawara しまった。

 

 佐原でのもう一つの発見は伊能忠敬だった。日本地図を完成させた江戸時代の偉い人。この程度の知識は当然持っていた。しかし佐原の人だとは知らなかった。佐原の町並み見物に同行してくれた地元のガイドさんは伊能忠敬の大フアンみたいで、一時間ほどの散策の終わり頃には、私もいつの間にかすっかり感化されてしまった。

 1745年九十九里浜に生まれ、17歳の時伊能家の婿養子になる。36歳で名主拝命。49歳で隠居。50歳、江戸に出て天文学を学び55歳で北海道の測量開始、以後73歳でなくなるまで10回に及ぶ日本全国の測量を成し遂げる。没後3年にして弟子達により、日本全図完成。

これだけでも私なんかは圧倒されて目眩がするほどなのだが、彼の住んでいた家、歩いたであろう町並みの中で、聞くと感慨もまたひとしお深かった。 

 当時佐原は江戸と東北地方を結ぶ利根川水運の中継港として繁栄し、伊能家も広大な水田を持つ大地主であり、酒造を営む商家だったが、忠敬の代には米の売買、物産の運搬等々も手がけ大いに財を成したという。当時金持ちは、早くに隠居し、漢学、和学にいそしむ土地柄だったというが、養子というハンデもあり、忠敬は50歳までは家業に全力投球したようだ。その間、傾きかけていた伊能家を再興し、現在では14億円相当の蓄財をするが、財は困っている人のために惜しみなく使い、天明の飢饉の時も多くの町に餓死者があふれたときも佐原では一人の餓死者も出なかったという。また度々起こる洪水後の田畑の境界線を確定する必要から、実践的測量技術を身につけたという。

 忠敬が本当にしたかった事は、地球の大きさを測ることだったという。そのために必要な知識を習得すると、まず赴いたのが北海道だった。これは当時世界的(西洋中心ではあるが)な関心が集まっていた学問分野だったそうで、鎖国中の日本の田舎の一私人が50歳にして、世界の頭脳が取り組んでいた最先端のテーマの解決にのりだした心意気に改めて脱帽した。

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2007/06/11

県庁の星

 この映画は1年ほど前に新聞の批評で目にし、少し見たい気がしたが何やかにやの雑用で見そびれて忘れていたものだ。一昨日テレビで放映されたので見たがなかなか面白かった。話の展開も無理がなく、今日的問題点も満載で、ヒーロー、ヒロインの性格描写にも共感できた。何回かジワッと涙も出た。しかし時間の経過と共に、数々の不満点が浮かび上がってきた。

 県庁のエリートすなわち県庁の星、野村が、スーパーに研修に派遣されたが業績不振の真っ只中。店長も従業員もつぶれない事だけを願って目先の対応に終始している。野村は建て直し策を作り上げ、店長、従業員に実行してもらおうと躍起になるが、“役人臭”が嫌われ空回りする。しかし紆余曲折はあったが優秀な女性パート従業員、二宮の協力も得て、スーパーを見事建て直しの軌道に乗せる。研修期間も終わり野村は、県庁に戻り、スーパー再建の過程で学んだ事を県政に反映させたいと思うが・・・・

 簡単に言ってしまえば、スーパーマンと、黄門シリーズとシンデレラ物語の身近な合体作みたいなのだが、随所に日本的な味付けのてんこ盛りが見られた。

 特に後半が、前半の小気味良い展開に比べ、寸詰まりなのが気になった。


 食品検査員が来店した時のピンチを、それまで無能だった店長が条文を暗記していて切り抜けたという落ち。二宮の未来が仕事ではなくエリートとのハッピーエンドであろう予想。野村が県庁に帰ると、従来の既得権益の重圧の中に飲み込まれていくであろうあきらめ感。・・・・野村がこれから本来の輝きを発揮すべき時になんら展望も示せず終わりなのか。ひょっとして今まで無料だったエスプレッソの有料化が救いなのか・・・・・?結局長いものには巻かれろの処世訓を垂れたかったのか・・・・・。

なんとも中途半端な気持ちで取り残されてしまったので、この作品の後半を外国風にアレンジしてみた。

 アメリカ流

ピンチを切り抜け業績急回復の功労者、野村は、スーパーの本部のたっての要請で、県庁をやめ流通業に身を投じる。その後は、持ち前の努力と能力でめきめき頭角を現しスーパーの親会社の重役に抜擢され、海外展開に日夜駆け回っている。

ある日県庁の元同僚と会う。先日行われた知事選で、やり手の新人が選ばれ、県庁内の人事が一新された事、それに伴い旧来の根回し方式が通用しなくなり、ぬるま湯的環境が一新されて残業が増えた事など愚痴を聞かされる。

一方、あのスーパーでは、二宮が副店長として正社員になり、更にてきぱきと切り盛りをしている。しかし店員のパート化は更に進み、前の店長はリストラされて今は居ない。エンドロールの最後。残飯を物色しているホームレス風の男が映し出される。アップ。前の店長に非常に似ている

中国流。

政府の査察官が再調査にきた時、誰も条文を説明できなかったため、スーパー挙げての学習指導大会が連日連夜繰り広げられ、問題点、責任者の追及がなされる。野村の指摘が正しかった事が認められ、今後はそれに沿って改革していく事が確認される。店長は罷免され、二宮がみなの推挙により店長になり、パート社員の待遇も改善される。新しく開設された託児所を覗くと、前の店長、今はスーパー付属託児所の所長が、野村の作成した改革案を一生懸命朗読して、園児達に聞かせている。

野村は、県庁に戻り功績により共産党に入党が認められると共に、係長に出世した。しかし上司、知人、親戚縁者等々への贈答、家賃の高騰等々で生活は楽ではない。大学時代からの彼女は外資系企業で働き高給取りであり、何となく気後れしてしまう。

一方二宮は惣菜部の調理師と家庭を持ち、家でも料理の腕をふるってもらっている。

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2007/06/04

オニ(鬼)スゲ

 一般に植物に興味を惹かれるようになるきっかけは、花にあるように思われる。庭園に咲く目のさめるような花、野に咲く可憐な花、人により様々だろうが、花の色、形、匂い・・・だんだんと深みにはまり、庭中花で埋め尽くし、あるいはベランダ中鉢で足の踏み場もなくし、季節ごとに花の追っかけで日本中、果ては世界にまで足を伸ばす。

以上が正統派とすれば、当然異端もあるだろう。私なども、きわめてマニアックな道にはまり込んでいるのかもしれない。

先日、近所の里山を歩いた。久しぶりである。春未だ浅い頃のスプリングエフェメラル。こぶし、桜と続く華やかな春の木々の花、コナラや、シデ類の地味な花々、そしてホオノキ、エゴノキ、ウツギ(空木、卯の花)と初夏の白い花に移り変わる頃、草花は端境期に入り一見花が少なくなる。この時になって、ふと目に入ってくるのがスゲ群である。ああ・・・もう直ぐ梅雨になるんだな。

スゲと一口に言っても、単子葉植物の中ではイネ科、ラン科に継ぐ大きなカヤツリグサ科の主要属であり、世界に2000種、日本に200種あるという。現代では人間生活に直接役に立つものがあまり見当たらないが、以前は 夏も近づく八十八夜・・・・スゲの傘♪ などと傘(帽子)や蓑(雨具)の材料に重宝されたようだ。今はお土産ぐらいでしかお目にかかれない。どっちかというと、水田の雑草として、目に付くと引き抜かれる運命にある。逆に言うと、観察の為にいくらか取っても気が引けない。

色が又じみである。花の時、めしべおしべがかろうじて白っぽかったり黄色がかったりしているが、それとて目に付くほどでない。しいて言えば、実の形が面白い。種毎に似て非なる形は気になりだすと癖になる。

さて、話を元に戻そう。先日の里山歩きでスゲが実をつけているのに気が付いた。数種類のスゲを採集し家に帰って、夕食後図鑑で調べてみた。アゼ(畔)スゲ、カワラ(河原)スゲ、ゴウソ、マス(枡)クサ、オニ(鬼)スゲ・・・良く見るスゲの種類である。しかし一つだけどうしても分からないのがあった。スゲ属なのは間違いない。しかし図鑑のスゲの項を端から端まで見てもどれにも該当していないように見える。何回も見直した。


該当するものがない・・・・。

ひょっとして新種!?

でも人通りも有り、目に付く場所である。

そんなに珍しいものがある訳がない・・・。

葉や実の着き方は鬼スゲに似ている。

でも実の形が違いすぎる・・・・・・・・・・・・。

ソウだ!

ポップコーンのように大変身するのかもしれない!

そう考えればすべてが納得できた。後は検証だけ。

翌日、朝食を終えると、家事もそっちのけで私は、里山のオニスゲ採集地に向かOnisuge_2 った。群生している中で幾つかを丁寧に見ると、幼い実から、いがいがのいかつい成熟した実まで、様々な中間形があった。疑問が氷解した瞬間であった。

田植えの終わったばかりの水田には早苗が整然と並び、草の葉の上の水滴がまばゆいばかりに光り輝いていた。藪から聞こえるウグイス(鶯)やガビチョウ(画眉鳥)のさえずりに口笛で答えながら、私は満足感にあふれて家路についた。

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