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2007/09/24

イネ(稲)の仲間達

 まだ季節外れの真夏日などが現れうんざりするものの、自然の暦は確実に秋に向かっている。朝夕の涼しさが、身体に活力を呼びさましてくれる。 暑くなる前にと、早朝里山の散歩に行くようにしている。朝露が朝日にきらきらと輝き、空気もひんやりとしてすがすがしい。

 この季節、華やかな彩の花は少ないが、一度イネ科の植物に興味を覚えだすと世界が一変する。正に百花繚乱、一面の花園が見渡す限り続いている夢のような世界に迷い込んだ気持ちになれる。

 古来ススキの穂が群生した美しさを読んだ詩は多い。以前箱根の仙石原で見た、一面銀色のススキの穂が吹き渡る風で波立つさまは実に美しかった。

Kinenokoro  しかしこの群生の美は何もススキに限らない。豊かに実った稲穂が風にそよぐのを見て、なんとはない満ち足りた気持ちになるのは、豊作の喜びが民族のDNAに刻まれているせいもあろうが、キンエノコロが朝日に輝いているのを、逆光で見た美しさも、何度見ても飽きない。

 今年は猛暑や日照り続きで初秋の植物の成長が足踏みしていた影響もあるのだろうか、ここに来て秋のイネ科植物が一斉に花開き、実を付け出している。試しに22,23 両日の朝の散歩中目に付いた、花や実をつけているイネ科植物を採集して見た。

 皆さんにも紹介したくてスキャナー使ってみたのですが、 数字の配列の不統一、映像の不鮮明等々、余りうまくいきませんでした。初めてのことは、誰でも失敗するものと大目に見てください。一応参考までに、以下にまとめておきます。

01   02 03_3 04_3 05_3 06

                                                                                       

 

 1 セイバンモロコシ   2 チヂミザサ    3 アシ            4 ニワホコリ         ・・・・・

 5 ススキ      6 アキノエノコログサ  7 キンエノコロ      8 エノコログサ         ・・・・・②

 9 カゼクサ    10 トダシバ          11 ネズミノオ          12 チカラシバ       ・・・・・③

13 オヒシバ    14 ケイヌビエ      15 イヌビエ           16 メヒシバ          ・・・・・ ④

17 オギ      18 タイヌビエ       19 イネ            20 サヤヌカグサ        ・・・・・⑤

21 コブナグサ   22 オオクサキビ      23 ノガリヤス        24 ウシクサ             ・・・・・⑥

なお丈が高いもの低いもの湿地を好むもの林縁を好むものは字に変化をつけました。

訂正  22 ハマガヤ → オオクサキビ         (2007.10.25)

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2007/09/17

阿久悠さん、ありがとう

阿久悠氏が亡くなられて一月以上たった。ニュースで耳にしたときは、ああ・・・また時代の寵児が一人世を去ったな・・・という感慨と少々の寂寥感を感じたが、じきに日々のニュースの洪水に押し流され忘れてしまった。

先週テレビで“巨星・阿久悠の世界”という追悼番組があり、たまたまチャンネルを合わせた。氏の代表的な歌をエピソードを交えながら次々と紹介していた。

 上野発の夜行列車降りたときから・・・・♪

 青春時代が夢なんて 後からほのぼの想うもの・・・・

 また逢う日まで 逢えるときまで・・・・

 街は今 眠りの中 あの鐘を鳴らすのはあなた・・・・

あの時代、テレビから毎日のように流れ、いつの間にか口ずさんでいた歌の数々、気に入っていた歌、そうでもなかったけれどいつの間にか覚えていた歌、・・・・いずれも出だしを聞いただけで当時の時代が蘇ってくるような懐かしさに包まれる。

 銀河を離れイスカンダルへ 運命背負い 今飛び立つ・・・・♪

 ウルトラの父がいる、ウルトラの母がいる・・・・

え!これもソウなの、これもなの・・・・・。

時間の経過と共に私は、氏の書き残した世界の広さと多様性にしだいに圧倒されていった。生涯を通じて作品は5000曲を超えるという。

氏は作詞家であった。言うまでもなく歌は詞と曲と歌手による総合芸術である。いい曲がなければいい歌は成立しないが、いい言葉を得て始めて歌は心に響いてくる。しかし一般には歌手により歌われて初めて私達の耳に届いてくる。私もごく一般の愛好者の一人なので、誰が作ったかは余り関心がなかった。

氏は1937年、瀬戸内海の淡路島に生まれ、8歳で終戦を迎える。少年の頃から、東京に、“東京弁”(標準語)にあこがれていたという。大学進学で上京し、以来戦後日本の青春期の息吹を言葉を通して鋭敏に感じ取り、次々に作品に反映して行ったのだろう。氏の歌詞の言葉の新鮮な輝き、生き生きとした映像性、心にじわっと来る共感力・・・一つ一つの歌が、当時の日本の精神的断片を見事なまでに掬い取っている。

それはまた、標準語を全国津々浦々に浸透させていったテレビの普及と歩を一にしていた。

私達が氏の歌を聞いて懐かしく心が揺さぶられるのは、氏の歌が映し出したあの頃を心の中に再現されるからなのかもしれない。

時代が阿久悠を通じて歌を生み、その歌が時代に永遠の命を吹き込んだ幸福な出会いだったのかもしれない。

番組の中に出てきた写真を見ながら、一見ごつい感じだが、誠実な暖かさがにじみ出ている阿久悠さんの生前の笑顔が思い出され懐かしかった。

 

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2007/09/10

台風一過

今回の台風がもたらしたもの。各地の被害地の皆さんの窮状をニュースなどで見ると胸が痛むが、全般的には大いなる恵みの雨をもたらしてくれたと思う。特に関東周辺地域は、この夏の酷暑と極端な少雨のため、野も山も乾燥が激しく、多くの植物が悲鳴を上げていた。旅行先で目にした多くのダムは水位が大幅に低下し、水面と周囲の森の緑の間に太い茶色の地肌が露出していた。湖底の枯れ木が出現しているところもあった。

 

Turifunesou  台風一過、久しぶりに訪れた近くの里山では、昨年の今頃は見渡す限りツリフネソウ(釣り舟草)の赤い花で覆われていた湿地には、一つの花も見当たらなかった。ため池も今回の大量の雨で豊かな水量はあったが、底には長期にわたって乾燥していたことをうかがわせる亀甲がはっきりと刻まれていて、水オオバコのような水生植物の姿はなかった。これらの一年草の植物が来年又復活してくれるかは分からないが、多くの生命にとってはまさに恵みの雨であったと思う。

 台風の通過に伴い、各地のニュースがリアルタイムで報道されたが、一番心に残ったのは、多摩川河川敷に取り残されていた、いわゆるホームレスの方々を職務とはいえ必死に救出する消防士の姿だった。そこには職業意識を超えた人間性がにじみ出ていた。

 ホームレスといえば、複数の少年による虐待事件も時々発生していた。弱肉強食の社会風潮の中で、はじき出された人々への心無い仕打ち。それを容認する一部の政治状況。

国内では、自己責任論の横行。国外では金と軍事力に勝った国が、弱小国を意のままに踏みにじり、昔風に言えば“一揆”今で言う“テロ”に走った人々を情け容赦なく軍事力で押さえ込む。それに何の批判もなく追従する政治を見せ付けられている子供や若者の一部が、弱者への共感を欠く人間に育ってしまうのも当然といえば当然だろう。

まったく美しくない国のありようである。

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2007/09/03

秋の到来

さしもの猛暑も峠を越えたのか、ここ数日めっきり涼しくなった。自然もしっかりと歩みを進めていて、いつの間にかハギ(萩)やクズ(葛)の花も咲いている。いくら温暖化の一環とはいえ、この夏の暑さは常軌を逸していた。やっと普通の季節感が戻ってきそうだ。

 そもそも人間(一般に生き物)は急激な変化への対応は苦手である。何万年という長いサイクルの中でゆっくりと進化適応してきたので、急激な気候の変化、社会制度の変革は、人類にとって決して幸せな状態だとは思われない。

 年功序列制の様々な欠点が指摘されてはいたが、それに替わるものが、短期の不安定雇用なら、日々の暮らしのゆとりさえ奪ってしまう。ましてや家庭を築き子供を育てるなどという長期的大仕事に取り組もうという意欲さへ消えてしまうだろう。少子化を嘆く前にやるべき事があるのではないか。

 昨今の利益至上主義のグローバル化にも首を傾げざるを得ない。人間の生活を守るための経済であるべきなのに、利益の前に人間が跪かされている。人間の命までもが犠牲にされている。

 一昨夜は久しぶりに息子と話した。この夏は仕事が忙しく夏休みも取れなかった鬱憤もあってか、話しは今の政治への不満、ひいてはそのような政治状況を許してきた“団塊世代”への厳しい批判となって私にも向かってきた。

 “ママたちの世代は、学生時代は全共闘とか言って、社会変革に熱心だったはずなのに、結局その後の政治の停滞腐敗に対し無為無策で過ごしてきたつけが、今の僕たちの世代にかぶさってきているんだ!”

 “ママたちだって、社会の中で子育て、介護と結構大変だったのよ。今やっと少し余裕が出てきたとこよ”

 “その余裕は趣味や、旅行に向けられるだけなの?

自分達だけが、日本の豊かだった時代の恩恵を享受して、若者が未来に何の夢も持てずに、毎日の重圧に耐えやっと生きているのを見て見ぬ振りをしているわけ?


中高年が日本の資産の大半を握っているんだよ。利潤を求めて投資信託などを通してファンドに運用をゆだね、そのファンド資金が世界中を駆け巡り、石油、金属、穀物等の買占めをし高騰を招き、各国の金融をかき乱し、利益を上げるためには何でもし放題の状態を作り出しているのは見て見ぬ振りなの?

その金の一部でも、日本の産業の未来投資や、若者の生活向上に振り向けようとは考えないの?政治がやるのを待っているだけで自分達は何もしないわけ?“

話は延々と続き、時計を見ると1時を回っていた。慌てて話を切り上げて寝たものの、重たい問いかけは今も心の中にずっしりと残っている。

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