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2008/02/25

花嫁の父

 テレビドラマなどでは、可愛がった娘を嫁に出す父親は表面的には強がったりしても、内心の寂しさに耐え切れず涙ぐむ・・・、というような展開が多い。しかし実生活での経験では、そんな風には見えない父親も多い。

私自身の場合だって、父は少しも悲しげでなかった。いつもとなんら変わらなくって、それを見ている私のほうが少々寂しかったくらいだった。まあ結婚しても、父への気持ちが余り変わらないのをお見通しだったのかもしれないし、そもそも3人も娘がいたので免疫がついていたのかもしれない。それにしても妻と、三人の娘の愛を生涯享受していた父は、恵まれていたのかもしれない。

一方“花婿の母”という言葉は余り聴かない。妊娠、出産、育児、進学・・・。それこそ精魂込めて育てたわが子と別れるのだから、寂しくないわけがない。しかし私自身の経験から言えば、子供と母親の関係には時期によって大きな変化が起きるような気がする。

ただただ無事に生まれてくれる事を願った妊娠期間。

苦しかったと思うのだが、短時間で終わってしまったので印象に残っていない出産の時。

初めての経験なので、すべてが新鮮な驚きに満ちて夢のように過ぎてしまった幼児期。

社会人としての基礎を習得していくのを一歩退いて応援していた義務教育期間。

青春の輝きと反抗心のごちゃ混ぜな危なっかしい青年期。

もしこれらの時期のどこかで息子と引き離されたら、多分私の心は傷つき、血が吹き出たかもしれない。

その当時、何となく思っていた。娘とは一生友達でいられるのに、息子とはお嫁さんができたら離れなくてはならないなんて不公平だ。そんな時期はなるべく遅く来て欲しい。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、二人の息子は少しも結婚の気が見られないまま三十路にさしかかっている。

人生には時があるのだろう。秋になると木の葉と枝の間には離層というものができて落葉がスムースに行くようになるという。カンガルーの赤ちゃんもいつまでもお母さんのおなかの袋にいるわけではない。私もいつの間にか、息子との別れが少しも苦痛でなくなっているのに気がついた。早く息子を安心して任せられるお嫁さんに引き渡して、私は子育てから卒業し、卒業旅行にでも出かけたい。その時は少し奮発して世界旅行も悪くないな、なんて考えている今日この頃だ。

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