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2008/03/31

春雨

 昨夜からの雨である。

 春雨じや、濡れて行こう・・・。こんな芝居のせりふがあったような気がする。

 この時期、暖かな日中しとしととやわらかく降る雨ならば、こんな言葉も出てこよう。しかし今日はめっぽう寒い。早春に逆戻りである。外出する気も起こらず、久しぶりに家でのんびりしている。

 先週はなんともあわただしく過ぎてしまった。例年にない厳しい寒さが居座り続けていたと思ったら、突然春本番の陽気の到来である。梅の花が未だ見ごろなのに、白モクレン、サンシュユ、桃が一斉に咲き競い、ソメイヨシノもあれよあれよという間に咲きそろった。

 これだけでも花好きの私としては、あっちこっち見物に飛び回り大忙しなのに、春の野草まで一斉に咲き始めた。しかもこれらの野草は名前からしてスプリングエフェメラル。まごまごしていたら消えてしまう。私は毎日焦燥感にかられていた。しかもいい写真をとるには、日差しの強い午前中がいい。

こうして洗濯物は日々たまり、春物の衣服を出す暇もなく、一日花々の追っかけで疲れ果てて家に帰ると夕食を作る元気も残っていない・・・・。要するに主婦失格の日々を過ごしていた。

   世の中に絶えて桜の無かりせば

          春の心はのどけからまし

平安の昔から、花狂いは日本人の習性かもしれない。それにしても今年の開花の集中は度を過ごしている。過剰である。これでは一つ一つの花を愛で、香りを楽しみ、春の到来を喜ぶのではなく、使い捨ての季節の背景に過ぎなくなってしまいそうだ。

飽食・もの余り日本に更に花余りが追加されてしまうのではせっかく春を告げてくれている花々に申し訳ない。季節はやはり昔ながらに、おだやかに巡って欲しい。

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2008/03/24

春が来た!  続

 今回は中国の春を詠んだ詩を二編紹介したい。

    春曉          孟浩然

  春眠不覚暁   春はつい寝坊してしまう
  處處聞啼鳥   四方から小鳥の声が聞こえてくる

 夜来風雨声   昨夜は雨風の音がうるさかった
  花落知多少   たくさんの花が散ってしまったことだろう

 春の早朝を生き生きと捉えて見事である。Tubaki

 作者は、青雲の志を抱いて上京したが、直言の傾向が災いし、希望した官職に就けぬまま生涯を終わったという。この詩の内面には、若い情熱が、妨害(風雨)に合い、潰されていく悲しみを込めているという解釈もある。

    

    清明          杜牧

  清明時節雨紛紛  清明の頃は雨が多い
  路上行人欲断魂  墓参りの人々も気持ちが晴れない
  借問酒家何処有  どこかに酒屋はないかたずねると
  牧童遥指杏花村  牛飼いの少年が遠くの杏の咲く村を指差した

 清明は春分から15日ほど経った頃という。中国では墓参の季節である。何となく物憂げな、春雨に煙る郊外の情景を描写している。

 清明時節雨紛紛   清明の時節 雨紛紛
  籠裏囚人欲断魂   籠裏の囚人 魂を断たんと欲す
  借問自由何処有   自由は何処にあると問えば
  衛兵遥指弁公門   衛兵 遥かに指す 牢獄の門

これは、ベトナムの建国の父と呼ばれているホーチミンの作った替え歌という。中国で活動していた時、蒋介石軍に逮捕され獄中で作ったものという。その後中国は共産党が勝利し、ホーチミンの解放闘争を支援していく。

一方、台湾に逃れた蒋介石の国民党は台湾の住民に過酷な圧制を加え、現代に至るもその傷跡は完全には癒えていない。最近の選挙で中国との交流強化を掲げる国民党の総統が選ばれたが、これは政治より中国経済圏での豊かな発展を選んだ民意の反映であろう。

歴史の流れは外からはなかなか分からないものだ。

最近チベットでの暴動が問題化している。

チベット人暴徒による中国系住民に対する破壊活動、その背後にインド亡命中の旧体制側のダライラマの策動があるとする中国側。

チベット系住民の文化的、宗教的伝統を軽視して、中国人が主導権を握っている国造りへの不満の蓄積とする反論。

第三者である私には詳しいことは分からない。ただ両者の言い分は、事実の断片の真理は捉えているのだろうという気はする。

一般に宗教問題は難しい。

例えば五体倒地という巡礼方式をテレビで見た事がある。私(わたし)的には、尺取虫みたいに地べたを進むチベット仏教徒の姿には、好奇のまなざしを向けてしまうが、やっている本人はいたってまじめである。

絶対的服従心を身体に叩き込むため、と客観的解釈をするのは簡単である。しかし厳しい自然環境の中で、永年にわたって文化として受け継がれたチベット人にとっては、もっと重たい意味がある、あるいは意味づけられてきたのであろう。

今回の事件で私達に求められているのは、安易な犯人探しではなく、今後長期的にチベットの人々が豊かで安定して、しかも自尊心を持ち続けられる生活が送られるように見守っていく事だと思う。

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2008/03/17

春が来た!

  ♪ 春が来た

    春が来た

    どこに来た?

    山に来た、里に来た、野にも来た!♪

季節の変化は一見気まぐれである。今年の冬は例年になく寒かった。冷え込みも厳しく、三月になっても一向に暖かくなる気配が見られなかった。

それがここ数日急に春爛漫の気温が続き、私の住む町にも目に見える形で春がやってきた。

Ume 梅は当然もう満開。かぐわしい香りが心地よい。しかしこの匂い、寒さのMomo 厳しい初春、まだ数少ない昆虫を必死に呼び寄せ、花粉媒介を依頼するメッセージである。凛とした中にも、生きる事への真剣さが伝わってくる。

眠気を誘うようなこの暖かな陽気の中では、しまい忘れた厚手のコートのようなどこかぎこちなさを感じてしまう。

 午前中は春をこの目で確かめたくって、近くの里山に出かけた。

シジュウカラやエナガのさえずりがにぎやかである。ウグイスの声も近くの藪から聞こえてきた。畑には久しぶりにキジの鳴き声が響き渡った。


Hotokenoza  花の数と種類も一寸見ない間にずいぶん増えた。タンポポ、スミレ、ホトTanpopo_2ケノザ、ナズナ、オオイヌノフグリ、ハコベなど畑の周囲は野の花が真っ盛りである。畑の向こうにピンクの花が満開の木があったので近づいてみた。桃であった。ここ数日の暖かさに対応したのであろうか。例年より早い気がする。桜の蕾も急にふっくらしてきた。

 一般に季節の変化はどんなに突然に感じられても、昔から繰り返されてきた事であり、多くの生命はその変化に適応してきた。言葉を変えれば、適応できたものだけが、生き残ってきた。

 植物の種子は、氷河期を乗り切る植物の知恵の結晶であるという。樹木が極寒の中で地表に出ている幹や冬芽を放棄した進化形が草と考える説もあるという。

 何はともあれ、生命にとって厳しい季節の終わりは突然であれ、喜ばしい。しかしこれが逆の場合、厳しい季節の到来が予期せぬ形で、あるいは予想より早く訪れたら厳しいものだろう。

 現在世界には、地球温暖化、食料・水・資源の不足、金融危機等々の脅威が迫っている。いずれもかなり前から兆候が指摘されていたのに、なんら適当な対策が採られないまま進行してきたものだ。人類がこの危機を乗り越えるために手を取り合う事が今ほど必要とされている時はないと思うのだが・・・・・。

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2008/03/10

後生畏るべし!

 ・・・いずくんぞ、来者の今に如かざるを知らんや。

 これは孔子の言葉である。封建制の崩れ行く春秋の世で、若い人たちが活躍できる場が広がりつつある時代の感慨なのだろうか。秩序を重んじる立場の孔子ではあるが、育ちつつある若い力に暖かな視線を投げかけている。

 昨日の名古屋国際女子マラソンでは新しい力の台頭をまざまざと感じた。今までフルマラソンの中継を初めから最後まで見たことはなかった。三時間近くテレビの前に座る事自体めったにない。それなのに昨日は、12時前には昼食を済ませ、これから始まるであろう感動の場面を見逃すまいと待ち構えていた。

 それが8キロ前後でよもやの高橋尚子の失速。信じられなかった。出発から続いた先頭集団の団子状態を嫌って、戦略的後退をしたのかもしれない、そのうち後方から目の覚めるような復活を見せてくれるに違いない・・・・。しかし奇跡は起こらず、他の有力候補の表面的には一進一退の静かなスローペースの戦いが続いた。私もいつの間にか彼女達の走りに注目するようになっていった。30キロ地点で中村友梨香が抜けてきた。私にとっては初めて聞く名前だった。

なんら気後れすることなく、真っ直ぐ前を見て、走る事の楽しさを謳歌しているような素直な走りに好感が持てた。21歳、初のフルマラソン挑戦という。

 テープを切った後の気負う事ない喜びの会見もさわやかだった。 Qちゃんの一フアンとしては、正直余りに不本意な結末だったが、日本の女子マラソンにとっては大きな収穫だったと思う。後生畏るべしである。

 とはいっても日本のスポーツ界の中堅の活躍もまだまだ捨てたものでない。土曜日の夜行われたプロボクシングの世界フライ級タイトルマッチでの内藤大助の防衛戦は見ごたえのある好試合だった。引き分けでかろうじてタイトル防衛という結果だったが、試合後挑戦者と肩を抱き合ってお互いの健闘をたたえている姿がすがすがしかった。

 上村愛子のW杯モーグル総合優勝も特筆されるべきだろう。未だ高校生の愛ちゃんが彗星のように現れた第一印象が強いので、中堅という言葉には少し抵抗もあるが、その後の不振を経て今回日本人初の快挙を成し遂げた彼女はもはや新星というより、日本のモーグル界を支えている中堅といったほうがふさわしいのだろう。

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2008/03/03

八甲田雪中行軍

 先週はのんびり陸奥(みちのく)の秘湯に浸ってきました。

こう書くと何だかジジババ路線まっしぐらという感じである。往復と宿だけ指定で後は何をしても自由というのんびりスケジュールで、以前から冬の雪国に行ってみたいと思っていたのでかなり前から予約していた。

 ところが出発前日の天気予報は大雪注意報まで出る始末。いまさらキャンセルするのはもったいないし、そもそも雪国を体験したかったのだから、チャンスといえなくもない。持っている暖かそうな衣類から適当なものを選び意気揚々と出発した。

 東京駅から東北新幹線に乗り終着駅八戸へ。陸奥=みちのく=みちのおく=道奥。名前からするとはるばる来たなという感じで、事実大学生の頃の旅の感覚では、東京からずいぶん離れた田舎に来たな・・・と感傷的になった記憶があるが、今はずいぶん近くなったものだ。3時間で八戸である。どこでもドア感覚で、旅愁なんかに浸っている暇はない。

 八戸の雪は想像より少なかった。これでは今年の東京に降った“大雪”と大して変わらない。道の両側に雪の壁が続く街かな、なんて勝手に想像していたので少々がっかりである。

駅に迎えに来てくれていたマイクロバスで宿に着き、オプションの説明を聞いた時、私のまどろみかけていた全身の五感が一挙に覚醒した。“八甲田雪中行軍に希望者は参加できます”・・・・。あの悲劇の追体験をする?もういくしかない!

 翌日、朝のうちは時折薄日も見られたのに出発の頃はどんよりと曇り、はらはらと粉雪が舞い始めた。十和田湖スキー場に着いた頃はかなり雪の勢いが増し、貸してもらったかんじきを足につけ、いわれるまま蟹股歩きで、真っ白な雪原に踏み出した頃には、横殴りの強風にあおられ目や鼻に雪が容赦なく飛び込んできた。一歩一歩踏みしめていくうちに片方のかんじきが脱げてしまった。履きなおそうとしたが手先が冷えていてうまくいかず、しばらくそのままで歩いていたがどうにも歩きにくい。そこで一思いにもう片方も脱いでしまった。前方の人達が踏み固めてくれているので、足も雪に沈むことなく返って歩きやすいくらいだった。しかし雪の冷たさが足裏に伝わりやすくなってしまった。

Kougun  まずかんじきを持っている手先がジンジン冷えてきて痛いくらいになってきた。足先も少しばかり厚手の靴下なんか役に立たない。ぐんぐん冷えてきて、このままでは凍傷になるかも・・・。前方の人を見失って迷子になったらどうしよう・・・、一寸先も見えなくなったら、雪の吹き溜まりに落ちてしまうかもしれない・・・、と情けない気持ちでひたすら足を前方に運んでいるうちに1時間弱のミニ行軍の終点に着いた。

 終わってみると物足りなかった。今度はもっとちゃんとした装備で挑戦しよう。特に手袋と靴下は冬山用をちゃんと用意しよう・・・と早くも次回に思いをはせている私だった。

 帰りは秘湯蔦温泉で昼食と入浴。古びた湯船で心身ともに暖まった。極楽、極楽!Tutaonsen

 宿への帰路、先に出発した車が引き返してきた。前方で玉突き事故が発生し道路が封鎖され、復旧はいつになるか分からないという。仕方なく私達の車も引き返し、蔦温泉で待機する事になった。数時間経過し今夜はココで泊まりかなと覚悟した頃やっと復旧し、一路宿に向かった。道の両側は、1メートルほどの雪の壁ができ、交通標識も埋まりそうな中、ゆっくりと安全運転してくれる運転手さんが頼もしかった。途中、事故の大本の木材運搬トラックの横を通ったが、丸太を満載して林に突っ込んでいた。

Jiko  豪雪時に何故このドライバーさんは無理して急な山道を下る必要があったのだろう。“納期”という魔王に逆らえなかったのだろうか。幸いけが人は出なかったようだ。

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