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2008/03/24

春が来た!  続

 今回は中国の春を詠んだ詩を二編紹介したい。

    春曉          孟浩然

  春眠不覚暁   春はつい寝坊してしまう
  處處聞啼鳥   四方から小鳥の声が聞こえてくる

 夜来風雨声   昨夜は雨風の音がうるさかった
  花落知多少   たくさんの花が散ってしまったことだろう

 春の早朝を生き生きと捉えて見事である。Tubaki

 作者は、青雲の志を抱いて上京したが、直言の傾向が災いし、希望した官職に就けぬまま生涯を終わったという。この詩の内面には、若い情熱が、妨害(風雨)に合い、潰されていく悲しみを込めているという解釈もある。

    

    清明          杜牧

  清明時節雨紛紛  清明の頃は雨が多い
  路上行人欲断魂  墓参りの人々も気持ちが晴れない
  借問酒家何処有  どこかに酒屋はないかたずねると
  牧童遥指杏花村  牛飼いの少年が遠くの杏の咲く村を指差した

 清明は春分から15日ほど経った頃という。中国では墓参の季節である。何となく物憂げな、春雨に煙る郊外の情景を描写している。

 清明時節雨紛紛   清明の時節 雨紛紛
  籠裏囚人欲断魂   籠裏の囚人 魂を断たんと欲す
  借問自由何処有   自由は何処にあると問えば
  衛兵遥指弁公門   衛兵 遥かに指す 牢獄の門

これは、ベトナムの建国の父と呼ばれているホーチミンの作った替え歌という。中国で活動していた時、蒋介石軍に逮捕され獄中で作ったものという。その後中国は共産党が勝利し、ホーチミンの解放闘争を支援していく。

一方、台湾に逃れた蒋介石の国民党は台湾の住民に過酷な圧制を加え、現代に至るもその傷跡は完全には癒えていない。最近の選挙で中国との交流強化を掲げる国民党の総統が選ばれたが、これは政治より中国経済圏での豊かな発展を選んだ民意の反映であろう。

歴史の流れは外からはなかなか分からないものだ。

最近チベットでの暴動が問題化している。

チベット人暴徒による中国系住民に対する破壊活動、その背後にインド亡命中の旧体制側のダライラマの策動があるとする中国側。

チベット系住民の文化的、宗教的伝統を軽視して、中国人が主導権を握っている国造りへの不満の蓄積とする反論。

第三者である私には詳しいことは分からない。ただ両者の言い分は、事実の断片の真理は捉えているのだろうという気はする。

一般に宗教問題は難しい。

例えば五体倒地という巡礼方式をテレビで見た事がある。私(わたし)的には、尺取虫みたいに地べたを進むチベット仏教徒の姿には、好奇のまなざしを向けてしまうが、やっている本人はいたってまじめである。

絶対的服従心を身体に叩き込むため、と客観的解釈をするのは簡単である。しかし厳しい自然環境の中で、永年にわたって文化として受け継がれたチベット人にとっては、もっと重たい意味がある、あるいは意味づけられてきたのであろう。

今回の事件で私達に求められているのは、安易な犯人探しではなく、今後長期的にチベットの人々が豊かで安定して、しかも自尊心を持ち続けられる生活が送られるように見守っていく事だと思う。

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