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2008/04/21

高遠の小彼岸桜(コヒガンザクラ)

 420日から24節気の一つ穀雨に入った。春分、清明そして穀雨と春は着実にその歩みを進めている。24節気は、中国の黄河中下流域(中原)で長い間に徐々に形成され漢代にまとめられたものだ。日本に当てはめたら当然少々ぶれもあり江戸時代に改良され、明治の初め西洋風に改暦された後も農村では長く使用されたという。何千年にわたる農耕文明の知恵の結晶であろう。

Someiyoshino 私自身はこの2週間、ソメイヨシノに始まり高遠のコヒガン桜で終わった。今年のソメイヨシノは開花が急であった上に12日が満開で、13日には天気が崩れるというあせりもあって、名所は何処も人の山だった。近所の公園や、団地の周囲、小学校の校庭、街路樹、土手の上などのほうがかえってゆっくりと楽しめた。

そうは言っても、有名なところは行ってみたくなるのが人の常である。この春は高遠に出かけてみた。もう葉桜になりかけた都心を離れ山間部に入ると、淡い新緑が美しい。更に進むと車窓からは、ちらほら咲き始めた山桜が見え、長野に入った頃にはところどころにこぶしの花が見える他は寂しい風景へと春が巻き戻されていく。

それだけに、伊那に入り、高遠に近づくにつれて、あちこちで満開のコヒガン桜が出迎えてくれた時には心躍った。いろいろなところに植えられていた。そのうち町全体が桜色に染まる日が来るのかもしれない。

お目当ての城址公園は小高い山の上にあり、最後の行程はかなりの車の渋滞であったが、満Takatou_2 山あふれんばかりの桜の花はさすが見事だった。

この桜は、染井吉野と違って、花の色が木によって微妙に異なる。ピンクのグラデーションである。見つめていると引き込まれて、しばし時間を忘れてしまう。

しかし桜の下は正にお花見客で大賑わい。お祭り好きの日本人の一人として、余り違和感はない。女性客の笑い声も響く。人間、嬉しい時は自然と口元も緩むものだ。

十分に堪能して写真も取ったので、次にこの華やかな桜を少し離れたところから一望したくなり徒歩10分という、とある山寺に足を向けてみた。かなり急勾配の山道に沿ってのどかな農村の景色が広がり全身汗だくになった頃、前方にやや濃いピンク色のコヒガンに包まれたその寺に着いた。城址公園の方を見ると周囲のコヒガンを超えて、桜色の天空の城のように浮き上がって見えた。更に良く見ようと鐘楼に登ってみた。

思わず“絶景!”とつぶやいていた。

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