« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008/06/26

牧場に牛がいません!

 キャンベラに行った時のこと。

 シドニーから観光バスで4時間余。かなりのスピードで飛ばし途中の休憩が1回きり。その上シートベルト着用で結構疲れた。日本でも最近義務化されたが、当時の私は未だ慣れていないせいもあって結構わずらわしく感じられた。

 そんなこんなで、窓の外の風景に期待したが、晩秋(5月)の平原は、牧草も枯れ果てユーカリがまばらに生えているだけでかなり単調である。そもそも牛も羊も見当たらない!

 オージー牛の故郷、世界一の羊毛の産地。牧場ではのどかに牛や羊が草を食み、サイロが点在し・・・私の頭の中には以前北海道で見た牧場の風景が浮かんでいた。

 ここはオーストラリアであった。日本を夜9時半に出発し、一睡して目覚めた時見た日の出の神々しさ・・・・。それからしばらくして眼下に広がり始めたオーストラリア大陸。まずビックリしたのは川の蛇行である。文字どおりくねくねと大平原の上を曲がりくねり海へ注いでいる。まったく手付かずの大自然という感じがして圧倒された。ただ雨量が余り多くないためか大平原にユーカリの疎林が点々と広がっている感じだった。

 ツアーの時にガイドさんから聞いた様々な話を思い出した。以前は家といえば1エーカー(約1200坪)が標準であった事。田舎に行けば、隣家まで車で数十分というのが普通である事。敷地内にゴルフコースを作る人もいる事・・・・。

 何しろ広いのだ!

 ロシア、カナダ、アメリカ、中国、ブラジルに次ぐ世界6位の広大な面積を持つ。日本の優に20倍である。しかも人口はやっと2000万人を超えたという。国民性がゆったりとおおらかなのもうなずける。

 牧場の話に戻ると、牛や、羊は半自然状態で自由気ままに群れて広大な牧草地に生活しているので、道路から見えるほうが稀なのかもしれない。こうして育ったオージービーフは筋肉質で、脂肪も少なくオーストラリア人に好まれているという。しかし一部の牛は日本人の嗜好に合わせるため、行動に制限を加えてストレスを与え、メタボ気味に育てているという。同病相食むの図であろうか・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/19

モーニングティーがありません・・・

 もうだいぶ慣れてきたが、オーストラリアから帰ってきて何となく無くて寂しいものの一つにモーニングティーがある。正確にはアーリー・モーニングティーというらしい。

Kamo 今回の旅行の前半はツアーに参加したのだが、後半はシドニー郊外でホームステイさせてもらった。海岸の入りこんだ湖のほとりで、ペリカンや鴨が庭に遊びに来るのんびりしたたたずまいのお宅だった。庭にプールもあり、二台の自動車が足代わりのようだ。お子さんはもう独立して、車で数分のところに住んでいるが何かというと家族で顔を出す。

この家のナナ(おばあちゃんの幼児語)は、祖父の代にイギリスから移住した生粋のオージーである。

 ナナは働き者。

 朝洗面から帰ると、ベッドの脇にはモーニングティーが待っている。夜寝る前もシャワーを終えるとまたティーがチョコレートやクッキーが添えて置かれている。もっともお菓子は虫歯予防の観点から、翌日のおやつに回したが、ティーはカモミールなどのハーブ系で夜ぐっすり眠れた。

毎日洗濯。私のツアー中溜まった洗濯物も皆お任せ。ティーシャツやジーンズまでアイロンがかかっていた。

金曜の夜、息子家族が孫を連れてきたかと思うと、さっさとパーティに行ってしまった。ナナはベビーシッターにはや変わり。翌朝は孫をサッカーの練習に連れて行って、ご近所の皆さんとコミュニケーション。愛犬の世話も欠かさない。

 これでは、家庭奉仕で名高いオーストラリア男性の出る幕がない。だんなさんは、ラム肉のステーキや、ゆで卵作りでかろうじて存在をアピールしていた。

 パンが美味しかった。

 日本のパンが不味くて困っている。ツアー期間も含めてオーストラリアのパンは美味しかった。パンプキンの種が入った薄切りトーストに薄くバターを塗ったものなどもう絶品!これに香りのよいミルクティー。オーストラリアの味である。ナナの味である。

 これからも当分の間、私はため息をつきながら日本のパンを口に押し込む毎日が続きそうだ。

 サッカーは自然体。

 お孫さんのサッカー練習についていったが迷子になるくらいたくさんのサッカー場がある。Soccer どのサッカー場か探すのに時間がかかった。ユニフォームも子供の成長を見越してみんなだぶだぶ。年齢、性別、人種・・・皆大まかでのんびりしている。コーチも半ズボンにゴムぞうりなら、見に来ている兄弟も裸足の子もいて新開地の開放感いっぱいである。

当日もシドニー晴れといわれるからっとした晴天で、晩秋というのに日中はぎらぎらとした日差しであった。紫外線が夏季は日本の五倍、冬季でも三倍あり最近は皮膚がんの増加が社会問題化しているという。その割には、皆無防備に見え、日傘を差していたのは私だけだった。

政府も対策に本腰を入れ始め、帽子、長袖、サングラスの着用、日焼け止めクリームの使用を推奨しているという。しかし直ぐに症状が出ないので無頓着の人が多いようだ。アフガニスタンの民族服ブルカの着用を!とはいわないが日傘などはいい防具の一つだと思うのだが・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/12

秋葉原事件に思う

 まずは痛ましい。7人のご冥福を祈りたい。

未来が突然奪われた悲しみは、遺族友人の方々にとって何年経っても決して拭い去る事はできないと思う。第三者にできることは、同様の事件の再発を防ぐことだろう。

このニュースの一報でまず頭に浮かんだ犯人像は、人の命を軽く扱う暴力団関係者か、禁断症状の薬物中毒者かという憶測だった。しかし、時間の経過とともに明らかになっていく犯人像に、私の心は言いようのない苛立ち、悲しみに打ちひしがれた。

25歳、一見好青年風の顔立ち。進学校を卒業後更に専門学校で学び、直前まで働いていた会社の評価も悪くない。“まっとうな時代”だったら、社会の中堅として日本を支えてくれるべき人物であったのかもしれない。それが何故・・・・・。

“人生に疲れた・・・”この言葉は、最近顕著な若者の自殺の時にも良く聞かれる言葉だ。表現はまったく違うが、犯人にとっては自殺の一形態だったのだろうか・・・。

私の息子たちも、就職氷河期の真っ只中に社会に出たので、この間の若者を取り巻く社会状況の厳しさは多少とも見聞している。もし私がこの時代に生まれていたら、人の心を思いやる事ができない“勝ち組”となっていた可能性より、些細なことにつまずいて、“引きこもり”になっていた可能性のほうが強い気がする。

一人の息子は、IT関係に就職した。いわゆるIT土方である。50社以上の入社試験に落ち、大学での専門を捨て一からの出発だったようだ。毎日帰宅は深夜になり、納期に近づくと土日返上だった。当時息子の顔は青ざめ、いつも神経がぴりぴりしていた。私に当たることも多く、休日は一日中寝ていた。

もう一人の息子は、製造業に就職した。当時その会社は業績悪化の中で、給料も待遇も悪かったが、専門を生かしたいと選んだようだった。不景気の海に漂流しているような感じの会社だった。直属の上司は過労死するは、社内で飛び降り自殺者が出るは、社内の雰囲気は暗かったようだ。

“今ぽっくりダービーがはやってるんだ”

若手社員の間でひそかに行われていたらしいが、社内で次に誰が死ぬかに賭けているという。私は唖然とした。

そんな息子の会社にも、好景気の風が吹いてきた。

“始めて部下ができるんだ”息子の声は弾んでいた。しかし半年後息子の口からは嘆き節しか聞けなかった。

その新入社員は、息子の仕事の助けになるどころか、やる気も能力も無く息子の負担を増しただけという。上司も見かねて、派遣社員を増員してくれたらしい。又半年後息子の嘆きが再開した。派遣社員が退社したという。技術もあり、信頼していたので息子には痛手だったようだ。その派遣社員が新入社員の給料明細を見てしまい、プライドをいたく傷つけられたためらしい。

“会社は何で、ダメ新人を解雇し、その有能な派遣を正式雇用しなかったの”

“正社員を首にするのは殆んど無理らしいよ。それに中途採用すると、会社全体の給料体系が煩雑になり、人事係が嫌がるみたい”

今回の事件後、上に述べた息子との会話後感じたやりきれなさが蘇ってきた。その時々の経済状態に個々の会社が振り回されるのは避けがたい点もあるかもしれない。しかしなるべくその不公平を減らし、世代間のギャップを埋めるよう調整するのが政治の役目ではないのか。

今回の事件の対応として政府要人から刃物の規制しか聞けなかった時、私の次回の選挙での態度は決まった。政権党にギルティー(有罪)である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/05

インコ

 オーストラリアにすっかり適応していたので、日本に帰国して以来、何か物足りない気持ちがする毎日を過ごしているのだが、その一つにインコ(オウムも含めて)があった。数日前テレビに時ならぬインコのぬいぐるみが登場した。以前の私ならたぶん違和感を持ったかもしれないのだが、この時ばかりは懐かしさを感じた。

Inko 初めての南半球。初夏の日本から晩秋のオーストラリアへ。深夜の飛行機で8時間余、ブリスベンに到着。分刻みの忙しいツアー旅行が始まる。

世界自然遺産のラミントン国立公園、ゴールドコースト、シドニー、ブルーマウンテンズ国立公園。何処にいっても“ギャー”というけたたましい叫びと、目の覚めるような極彩色のインコの出迎えを受ける。その度に目を凝らし、見とれている私はいかにもおのぼりさん風に見えたことだろう。観光客でさえ数日すると慣れてしまい、現地の人にとってはまるで空気並みの存在のようである。私も何日かすると鳴き声には反応しなくなったが、その色彩の華やかさにはいつまでもひきつけられた。

さて冒頭のインコのぬいぐるみの件だが、現法相が裁判員制度PRのため持ち出した、員(イン)とイン(コ)を引っ掛けたいささかひんやりとした親父ギャグだったらしい。ところでこの制度、来年5月から実施というが私にはいまだぴんとこない。もし運悪く裁判員に当たってしまったら何とか仮病を使ってでも逃げおおせたいと考えている。

そもそも目的が良く分からない。裁判結果と国民の意識にずれが見られるようになったというなら、関係者自らが、国民の意識に近づくため、自己研修なり、企業研修なりして解決するべきだろう。また裁判は時流に逐一こびる必要もないと思う。一方国民はいちいちの事件に首を突っ込むほど暇ではない。そのため税金で専門家集団を養成し委託しているのだ。

後世、江戸時代の“生類憐みの令” と並び評される、一般民衆に迷惑をかけた法制の例とならないことを祈りたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/01

コアラの国から、ただいま!

 落葉の季節を迎えたシドニーから初夏の東京へ!

さぞ暑いことだろうと覚悟していたら、走り梅雨のためかやけに寒い。とたんに風邪を引いてしまい旅の報告もママならず、数日寝込んでしまいました。

今日は久しぶりに青空が覗き、あの“シドニー晴れ”の輝いていた毎日が懐かしく思い出されます。

身体が回復したら、オーストラリア旅の報告をするつもりなのでご期待(?)ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »