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2008/06/05

インコ

 オーストラリアにすっかり適応していたので、日本に帰国して以来、何か物足りない気持ちがする毎日を過ごしているのだが、その一つにインコ(オウムも含めて)があった。数日前テレビに時ならぬインコのぬいぐるみが登場した。以前の私ならたぶん違和感を持ったかもしれないのだが、この時ばかりは懐かしさを感じた。

Inko 初めての南半球。初夏の日本から晩秋のオーストラリアへ。深夜の飛行機で8時間余、ブリスベンに到着。分刻みの忙しいツアー旅行が始まる。

世界自然遺産のラミントン国立公園、ゴールドコースト、シドニー、ブルーマウンテンズ国立公園。何処にいっても“ギャー”というけたたましい叫びと、目の覚めるような極彩色のインコの出迎えを受ける。その度に目を凝らし、見とれている私はいかにもおのぼりさん風に見えたことだろう。観光客でさえ数日すると慣れてしまい、現地の人にとってはまるで空気並みの存在のようである。私も何日かすると鳴き声には反応しなくなったが、その色彩の華やかさにはいつまでもひきつけられた。

さて冒頭のインコのぬいぐるみの件だが、現法相が裁判員制度PRのため持ち出した、員(イン)とイン(コ)を引っ掛けたいささかひんやりとした親父ギャグだったらしい。ところでこの制度、来年5月から実施というが私にはいまだぴんとこない。もし運悪く裁判員に当たってしまったら何とか仮病を使ってでも逃げおおせたいと考えている。

そもそも目的が良く分からない。裁判結果と国民の意識にずれが見られるようになったというなら、関係者自らが、国民の意識に近づくため、自己研修なり、企業研修なりして解決するべきだろう。また裁判は時流に逐一こびる必要もないと思う。一方国民はいちいちの事件に首を突っ込むほど暇ではない。そのため税金で専門家集団を養成し委託しているのだ。

後世、江戸時代の“生類憐みの令” と並び評される、一般民衆に迷惑をかけた法制の例とならないことを祈りたい。

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