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2008/08/28

北京オリンピックが終わりました

 世界のトップアスリートの素晴らしい競技に、17日間テレビでどっぷり漬かっていたので、全く無くなってしまうと何か寂しい。思い出の感動的場面特集などを見てもライブで夢中で応援していた時の臨場感は味わえない。いまさらながら、いいオリンピックだったと思う。

新参者に対する、バッシングはいつの時代、何処の地域でも多かれ少なかれ見られるものであるが、北京オリンピックに対しては度外れていた思う。世界的規模の平和の祭典を主催する事は大変なことである。内外様々な問題を抱えている事はどの国においても変わりないが国の規模が大きければそれがいっそう複雑で多岐にわたるであろう。

しかし中国は素晴らしいオリンピックを主催しきる事でそれら好意あるいは悪意から発した様々な批判に立派に答えたと思う。

会期中日本各地でゲリラ豪雨が荒れ狂った。地域的に近い中国の北京で屋外競技がまともに襲われていたらひとたまりもなかっただろう。華やかな競技の陰では多分、アメフラシミサイルと雷神の激烈な闘いが繰り広げられていたのだろう。そのおかげで私達は、感動のソフトボールの金メダルと陸上400メートルリレーの銅メダルを手にする事ができたのかもしれない。

多くの場面が今でも目に浮かぶ。笑い、涙、歓声、拍手・・・・・。日常生活では余り触れることのない感動に浸りきれた。世界の人々が身近に感じられた。平和な世界の実現が夢ではないと思えた。この大会で世界が得たものは決して小さくない。この思いをスポーツを超えて実現したいと思った。


追伸

昨夜アフガニスタンでNGO活動に従事されていた伊藤和也氏の訃報に接しました。当地の民衆の生活向上のため献身的に働いていたのに、武装集団に誘拐、殺害されたということです。氏の善意が通じないほど当地の情勢が緊迫しているという事なのでしょうか。

一日も早くアフガニスタンに、アフガニスタンの人々による、アフガニスタンの人々のための政治が実現される事が、伊藤氏の遺志に報いる事にもなると思いました。

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2008/08/21

崖の上のポニョ

 宮崎アニメの最新作である。直ぐに見に行くつもりが、夏風邪をこじらせたため、人ごみや長時間の冷房を避けたかったのでのびのびになっていた。その間北京オリンピックのテレビ観戦にすっかり浸りきった毎日だった。

一昨日、久しぶりに電車に乗り、繁華街のシネマに出かけた。暑い日ざしも館内に入ればひんやりとして避暑気分に浸れるし、長袖の上着、ひざ掛けと冷房対策もバッチリである。

この間テレビや、新聞などで色々取り上げられていたので、予備知識が少々入ってはいたが、本来私は先入観無しで見たり聞いたりするのが好きなので、筋も背景も大体白紙で見れたと思う。

まずは“となりのトトロ”のメイがポニョになって現れたという感じであった。ストーリーもその世代向けに展開していく。愛の起源ともいうべき幼いが強い気持ちに貫かれた天真爛漫な物語。宮崎さんは、最近のどちらかというと大人向けのアニメの潮流にあえて背を向け、子供達のためのアニメを作りたかったのだと思った。

この試みは果たして成功したのだろうか。私自身はもはや子供ではないのでそれを判断できる立場ではない。しかし幾つか疑問点も残った。途中から少々退屈したのだ。これは、宮崎アニメの初期の“未来少年コナン”などを見た当時の、最後まで息つく間もないドキドキ感とワクワク感の連続と比べるとかなりの違いである。当時のアニメは宮崎アニメに限らず作者の全力投球の意気込みが伝わってきた作品が多かった。我が家でも息子が夢中だったし、かたわらで見ていた私自身いつの間にか引き込まれてしまう魅力があった。

しかし今回のポニョはいかにもお子様向けに作られていた。それも観念的に・・・・・。

子供の表現能力、特に言語能力は低い。しかしそれは子供達の感受性の裏返しではない。反対に人生の中で最も豊かで鋭敏な感覚を持った時期だという。大人の小手先で対応できるものではないと思う。

宮崎氏の原画の手書きに傾けられた精力は、もっとストーリー展開の細部に注がれて欲しかった気がする。

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2008/08/14

やってくれました、北島選手!

北島康介選手が先日の男子100メートルに続き、200メートル平泳ぎに勝利し、二大会連続金メダル獲得を達成した。

万全といわれていた。それでも何が起こるかわからない勝負の世界である。最後のタッチを見て初めて、ジワッと安堵と喜びが湧き上がってきた。

“ここに又戻って来れるとは思っていませんでした・・・・”

いつも自信に満ち溢れたコメントに慣れていたので意外だった。アテネ以後度重なる不調に悩まされ続けてきたという。それを克服し最高の自分の力を出し切った北島選手に改めて言いたい。

おめでとう、そして感動を有難う!

絵のように美しい、という言葉がある。しかしいつの頃からだったか、私は現実のほうがずっと絵より美しいと感じるようになった。オリンピックも感動のドラマといわれる。しかし連日繰り広げられる、各国選手の勝利を目指して戦う姿からは、作り物のドラマが到底かなわない、汗と涙と感動がひしひしと伝わってくる。

メダルに輝く勝利は晴れがましい。しかしメダルに届かなくても自己ベストを、日本記録を書き換え健闘する選手の姿からも、ともすれば忘れがちな、夢にむかって努力する尊さを思い出させてもらえる。

これからも北京オリンピックから目が離せない毎日が続きそうだ。

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2008/08/10

北京オリンピック開幕!

 なんだかんだいわれていたが、とてもいい開幕式だったと思う。

1.天気がまあまあだった。朝からずっと曇り空で、東京は度々ゲリラ豪雨に悩まされていたので、北京の会場もいつ豪雨に襲われるのか気がかりだった。しかし天が味方したようだ。しかしこれはのちに、主催者側の戦術的勝利である事が判明した。1000発余のアメフラシミサイルによって、事前に周囲に大雨を誘発し、会場を集中豪雨から守ったという。

火薬の発明が武器の発達に向かわず、花火という民衆の娯楽に花開いたお国柄らしいと思った。

2.平穏に行われた。心配されていたテロもなく、無事終了した。これは、中国の政府から、一般庶民のボランティアにいたる広範な人々による、平和の祭典を暴力から守るという熱意が結集した成果だろう。それにつけても一部マスコミに見られる、ことさら不安を穿り出して選手の集中力を妨げる姿勢には疑問を感じる。

1,2に関しては、今後オリンピック期間中ずっと主催者側は大変な労力と神経を使われると思うが、選手の皆さんが最良の状態で自分の力を出し切れるよう私達もかげながら応援を続けていきたいと思う。

3.内容がよかった。

総指揮は張芸謀という。古井戸、初恋のきた道、HEROなどそのたびに作風のガラット違う、時代の息吹を斬新な映像で表現する数々の映画を見ていたので期待はあった。しかし個人の才能と民族の潜在力が一致した時、これほどの壮大で感動的な祭典を演出できるのかと圧倒された。

まずは場内に設置された膨大な数の太鼓。そもそも祭りの太鼓は私自身大好きである。身体の芯から生命力が目覚めてくるような力強い振動。それは赤ん坊が胎内で聞く母親の心拍に重なるものだと聞いた事がある。テレビからは音そのものは余り伝わらなかったが、現場にいたら感じられる迫力は十分想像できた。

太鼓で表現されていた白黒のモザイクの動きは、コンピューターの動きを暗示していたのだろうか。

漢字の誕生進化。竹簡から紙、活版印刷、羅針盤の発明、・・・・。現代文明を支えている人類の多くの技術。悠久の歴史の中で輩出した多くの先人による人類の英知を受け継ぎ発展させてきた歴史の紹介。

また随所に顔を出す子供達の天真爛漫な笑顔は、子供を大切にする中国人ならずとも思わず心が和まされた。子供は未来の希望である。

メインの選手団入場。中国の漢字表記による、画数順。新鮮だった。独自の文化を受け継ぎ、新しい地平線を目指そうとしている主催者の矜持が伝わってきた。

それにしても今のところ、日本人選手の活躍がいまいちである。選手の皆さんは今まで十分な努力を重ねてきたと思う。世界のトップアスリートの戦いに勝利するために、あとは選手が集中して実力を出せるよう周囲が見守る事に尽きると思う。がんばれ、日本!

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2008/08/04

夏風邪を引きました  続

 夏風邪を引くやつは馬鹿だ!本当にそう思う・・・。私は今回、風邪をひくべくしてひいてしまった、しかも二連続でやらかしてしまったのだ。

 原因はほんの些細な気の緩みだった。

 一週間ほど前のこと、余りの暑さに昼寝の時、扇風機をつけたままベッドに横になっていた。しばらくしたら止めるつもりだった。私にとって寝ながら扇風機を使うのはタブーだった。幼い頃、扇風機をつけっぱなしで寝た人が死んだという話を聞いた事があり、それ以来絶対にしてはいけないことの一つとして頭に刻み込まれていたのだ。それがうかつにもそのまま寝てしまい、目が覚めたのは夕方だった。

 しまった!しかしその後何事もなかった。なんだ、たいした事ないじゃないか。

 しかし翌日、私の声はだみ声に変わっていた。午後になると話しているうちに咳き込むようになってきた。夜には腰、両足が痛みだした。動かしても、じっとしていても何しろ痛い。こんな時、人は神仏に祈るのかも知れない。そのうちに短い眠りに着く。それを何度か繰り返しているうちに朝になった。今考えると、これは身体からの警報だったのかもしれない。この時点でもう少し注意していればその後の事態は避けられていたのだろう。

 新聞配達のバイクの音、小鳥のにぎやかな囀り、蝉の声・・・・結構にぎやかだ。いつまでも横になっていても安眠できるわけでもないので、少し早かったが起きだして、近所の散歩に出かけた。早朝の空気はひんやりとして気持ちがいい。一回りして戻ってきたが、全身の懈怠感とだみ声は変わらず、今度は何を食べても味がしなくなった。食欲も見る見る落ちる。無理に口に押し込み、何とか飲み込むという感じである。

 まあこんな状態も明日にでもなれば直ると大して気にしないで、だらだらと過ごして夜になった。いつもどおりのんびりとぬる目の風呂に入ると汗がドバッと吹き出てくる。余りに暑いので、窓を開けたまま涼風に当たっていた。汗が収まったら、窓を閉めて眠りに就く算段だった。

 ああ、それなのに私は又も、決定的ミスを犯してしまった。一寸横になったつもりが、そのままぐっすり・・・・・。

 夜半、ひんやりとした冷気に目が覚めた。外では激しい雷雨の音。まるで滝のようなすさまじさである。私は慌てて飛び起きると窓を閉めた。身体はすっかり冷えきっていた。・・・・・これで私の風邪の重篤化は決定的になった。

 これに続く毎日は、風邪の“定食”が濃厚なフルコースに変更された感じだった。咳、痰(時に膿や血も混入)、鼻水、声もかすれて、息をするとフューフュー妙なオトがする。身体、特に脚の耐え難い痛み、・・・・。 

それにしても今回ほど、風邪と“風”の因果関係を身に染みて感じた事はなかった。

風とは冷気と考えてもいいだろう。邪とは身体に害となる働きである。身体を冷やすという事は、本来生き物にとって危険な行為なのだろう。これが冬季とか、寒冷地の場合は言われなくても用心するのだが、夏など一般的に暑い状態なのでツイ油断してしまう。特に明らかな寒さなら気がつくのだが、“低温火傷”のようにジワッと効いてくる場合など見逃してしまうことも多い。冷房病などもその一つなのだろう。

 今回はどうやら、扇風機をつけっぱなしで寝て死んでしまった人列伝に名前を連ねなくて済んだようだが、危険水域に近づいていたような気もする。

久しぶりに身の回りを眺めてみた。庭の片隅の水槽の中では、5ミリほどのメダカの赤ちゃんSemi が卵からかえって元気に泳いでいる。昨日は窓辺で蟻にたかられていた蝉の幼虫を助け出し、カーテンに止まらせていたら夜半脱皮して白っぽい蝉が出てきた。朝には普通のアブラゼミに変身していて、窓を開けると勢い良く外に飛んで行った。

まだまだ暑いが、暦の上では立秋が近い。

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2008/08/01

夏風邪を引きました。

 文章を書くにはそれなりの体力、気力が必要なのがわかりました。

又復調したら書きたいと思います。

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