« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008/09/25

今年も無事に秋になりました

Akizora_3  暑さ寒さも彼岸まで・・・・。さすがの猛暑も力尽きたのか、朝晩すごしやすい日も多くなった。晴れた日の日中はまだまだ暑いが、木陰に入ったりすると、風が思いのほか涼しく気持ちよい。ふと見上げた空には、いわし雲が広がっている。

秋景色に浸りたくて、近所の里山に足を向ける。畑や水田のあちこちに彼岸花がはっとするほど鮮やかな赤い群落を作っている。普段は余り気がつかないのだが、この時期になると驚くほどの正確さで開花する。蕾が地中で保護されているため、桜などのようにその年毎の温度変化で開花時期を変化させられる事もないのだろう。

桜といえば、この秋は例年になく落葉が早い。街路樹などで顕著である。美しく紅葉する事もなく茶色くなって落ちているし、毛虫もやたらと多い。両者あいまって、早々と枝だけになってしまった木も有る。原因を色々考えてみたが、どうやら水不足ではないかという気がしている。ゲリラ豪雨とかいわれて派手な雨は結構あったが、短期集中的な雨は意外と地中にしみこまない。特に市街地ではコンクリートに覆われていたり、排水溝が整っているので水が短期間に下水として捨てられてしまうのだろう。そのため木々の耐久力はかなり落ちているのかもしれない。

毛虫はチョウやガの幼虫なので、蝶は好きだが蛾は嫌いという、いたって自分勝手な私としては、Ruritateha 毛虫を見たときの反応はその時々によって大いに異なる。先日裏庭 (といっても1メートル幅の狭いものだが) に植えていたホトトギスの葉がひどく痛んでいた。茎の先端部分が殆んどない。葉を裏返すと案の定きわめて奇妙な毛虫が何匹も潜んでいる。この毛虫を数年前初めてみたときは、正直ギョッとした。形もさることながら、イラガの幼虫にいかにも似ていたからだ。さされると電気ショックのような激しい痛みに襲われ、地方によっては“電気虫”と呼ばれているという・・・。

しかし後から知ったことだが、これはルリタテハの幼虫であった。羽に青い縁取りを持つなかなか美しいチョウである。しかも稲光のような毛も実際には無害なものらしい。イラガに似せる事により天敵から身を守ろうとしているのかもしれない。

色々知ると愛着さえ出てきて、今ではホトトギスの花はあきらめて幼虫に自由に食べてもらっている。よくしたものでホトトギスも繁殖力の強い多年草なので毎年減る事もなく茂っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/09/18

ゲンノショウコ

 懐かしい名前である。幼い日の思い出の中で、父がセンブリとともに愛用していた生薬だった。下痢止めに実に効能あらたかなため、そのまま“現の証拠”という名前になったという。

Gennoshouko 近くの里山を歩くとこの季節良く見かける可愛らしくて印象に残る花なのだが、これがかのゲンノショウコだと知ったのは、かなり最近の事だった。普通に見かけるのは直径1センチぐらいの白い花だが、花の色がピンク系のものもある。人間とかく珍しいものを珍重する傾向があり、私もピンク系の花に引かれ、種を手に入れ大事にプランターで育てている。

ところが西日本ではピンク系が普通で白花のほうが珍しく、珍重されているという。

日本ではこの様に思わぬところで東と西で様式が異なる事が多い。言葉( 阿呆と馬鹿)、モチの形(丸型と方形)、食べ物の味(塩味としょうゆ味)、ねぎの利用(全体と白い部分だけ)・・・・。

 目立つのは関西系と関東系文化の違いだが、詳しく見ていくと、各地にそれぞれの文化があり、それらに触れるのも私の旅行の楽しみの一つである。しかし最近は何処に行っても同じような店で同じような商品にお目にかかることも多く、興ざめする。

 昨今大騒ぎの金融危機にしても、余りに急激に世界を均一化しようとした無理が破綻したとも考えられるだろう。地域経済を主体とし、個々の地域の交流を円滑に行う潤滑油としての経済の役目に徹すれば、今回のような世界的経済の変調は起こらなかったように思われるのだが・・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/09/11

アシナガバチ受難  

Senninsou 朝方二階のベランダで洗濯物を干しつつ下を見ると、センニンソウが見事に咲いていた。庭の隅に植えてほとんど忘れていたが、いつの間にか雨どいをよじ登り、陽光が十分に当たる場所にたどり着き本来の生命力を十分に発揮しているという感じである。

 久しぶりにじっくり見る我が家の庭は、夏の間手入れする事もなくほっといたので荒れ放題である。それにしても今日はアシナガバチがいつになく多い・・・・。

私には、アシナガバチに対して特別な思い入れがある。だいぶ前の事だが、一匹の母親蜂が我が家の外壁に小さな巣をつくるのを最初から観察する機会があった。まず小さな巣を作り、そこに数個の卵を産む。孵った幼虫に餌を口移しでやり、育つにつれて子供部屋を大きくし、暑い時には羽で風を送り、・・・・本当にかいがいしい子育てぶりに感心した。

 それにアシナガバチは、大事な植物を様々な虫の食害から守ってくれる。そんなこんなで私の暗黙の庇護の元、庭にはアシナガバチの巣がいたるところにできた。剪定などをしていて巣に近づき、威嚇され驚かされる事もある。巣そのものをうっかり潰しかけて刺された事もあるが、しばらく痛みをこらえていれば済む事で、まあまあ平和共存といっていいだろう。

 今年はガラス戸の脇にもできているのにだいぶ経ってから気がついた。戸を開け閉めするたびに何匹かのアシナガバチが飛び回るので変だなと思ってよくよく見ると、戸の端が開け閉めの度に、彼らの巣を揺さぶっていたのだ。

 気がつかなくてごめんね!

早速木の棒でつっかい棒を作り、以後問題は起こらなかった。ところがある日、巣に異常が起こった。だいぶ増えていた巣の蜂が突如消滅していたのだ。戸を開けるたびに振動する環境に嫌気が差して移動してしまったのかな。しかしおかしい。さなぎの部屋のふたが無残に壊されている。良く見ると巣の下には何匹かのアシナガバチの残骸が散らばっていた。

どうも他の群れによる襲撃に遭ったようだ。そういえば数日前から、その巣のアシナガバチ(二紋アシナガバチ)より一回り大きな背黒アシナガバチが巣の周りを飛び回っていた。どうやら偵察していたようだ。

その後注意してみてみると、庭のいたるところの二紋アシナガバチの巣が廃屋となっていた。

 そして今日、私はかなりショッキングな場面を目撃してしまった。

 庭にいつになく多く飛んでいたのは背黒アシナガバチだった。いつもは小形のアシナガバチを襲うこわもての大形バチなのに何だか浮き足立っている。しばらくして、その原因が分かった。二階の窓の出っ張りと一階の屋根の間にかなり大きな背黒アシナガバチの巣があった。そこになにやら大きなハチがあわただしく動き回っている。

双眼鏡で見て状況がはっきりと分かった。背黒アシナガバチの巣が黄色スズメバチの軍団にSuzumebati 正に襲撃されている最中だった。黄色スズメバチが次々に幼虫やさなぎを部屋から引きずり出し大あごで肉団子にして運び去っていく。そのそばで背黒アシナガバチがおびえきって立ちすくんでいる。私も見る間に身体が凍り付いていくような気がした。

これが弱肉強食の自然界の掟なのか・・・・。

やっぱり私には植物の世界の方がむいているようだ。

                                            ( 9月9日  記 )               

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/09/04

初秋の志賀高原

 久しぶりの遠出だった。ここ数年真夏の暑さに追い立てられるように、信州の高原に行っていたのだが、この夏は風邪にたたられひたすら家で汗をダクダク流しながら過ごしていた。しかしどうやら身体も回復し気力も出てきたので遅ればせながら、志賀高原に出かけた。

 環境は人をこうも変えるのかと思うほど、毎日爽やかな高原を歩き回ったが、余り疲れを感じなかった。初秋の高原は訪れる人もめっきり減り、自然の中に心ゆくまで浸りきれた。

Mokudou_5  まずは東館山へ。山頂に広がる高山植物園は植物好きにはお勧めポイントである。次々に現れる高山植物に心踊り時間を忘れる。植物園に隣接した木道を歩くと今度は自然のお花畑が広がっている。リンドウ、ハンゴン草、ゴマ菜と秋の花が咲き競う中に、夏の名残のヤナギランもピンクの花がまだまだ鮮やかである。

 いつも思うのだが、観光スポットを一歩はなれると人は極端に減り、自然と素直に向き合える空間が広がっている。この木道も人気がなく、自分だけの幸福な時間に浸れた。昔読んだ“不思議の国のアリス”が木の下で昼寝した場面を思い出した。こんなところで昼寝したら、きっと楽しい夢の国にいけるのだろう。

 翌日は、四十八池や大沼池をめぐるコースを歩いた。日差しは強かったが、林間の道は涼しくOonumaike_3 小鳥の声に耳を澄ましながらの歩きは快適で、口笛の一つも出てくる。

 林間から大沼池を目にしたときの驚きは、北海道で摩周湖を目にした時に勝るとも劣らないものだった。青空と緑の樹海の中に抱かれた紺碧の宝石のようだった。

Tyou  次の日は、木戸池から蓮池までの探勝路を歩いた。池、林、湿原、草原と志賀高原の自然を堪能した。今回の旅行は花もさることながら、蝶の美しさに目覚めさせられた。孔雀蝶、浅黄マダラ、黄縁タテハ、・・・。見るほどにその造化の妙に感嘆させられる。自然は知るほどに奥深い。

女心と秋の空という。変わりやすいことの例えである。

しかし今回の旅行は天気に恵まれた。雨勝ちの東京を出発したのだが、滞在中、とくに散策中は雨に降られることもなく初秋の志賀高原を満喫できた。

 帰京するや、また総理大臣が辞任したというニュースに接した。今は変わりやすいのは女心でも秋の空でもないようである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »