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2008/10/30

野菊

 野菊のごとき君なりき、昔こんな題名の映画があった。その中でヒロインがたとえられていた、秋になると農村のあぜ道には何処でも見られた楚々とした薄紫の可憐な花。

私も東京に出てきてずいぶん経つが、四十半ばで郊外の今の家に移ってきて、近所の里山でこの花に出会ったときはしみじみとした懐かしさを感じた。心の故郷の花に出会ったような気持ちだった。

Yomena 野菊といってもいろいろな種類がある。関東ヨメナ、ユウガ菊、ノコン菊、白ヨメナ、白山菊・・・、それぞれ微妙に好む場所を棲み分けているようで、余り競合していない。あぜ道は関東ヨメナに覆われている。心持大きめで、露を含んだような薄紫が心にしっとりとしみこんでくるようで、私は好きだ。

山の少し乾燥気味の斜面には竜脳ギクが目立つ。小ぶりの栽培菊といった風情だが、秋の何処となくくたびれた緑の中で、白い花びらと、黄色の花粉が鮮やかに引き立つ。

野菊という範疇に入らないかもしれないが、この季節ヤクシソウも美しい。キク科の中でもタYakushisou ンポポに近い種類で、茎を折ると白い汁が出てくる。花は鮮やかな黄色で何処に咲いていても目に付く。小さな花が群生しているので、ハチが忙しげに飛び交っている。

里山を出ての帰路、家々の庭には様々な種類の菊の花が今を盛りと咲き誇っていた。空き地はセイタカアワダチソウの天下である。私は基本的にはどの花もそれぞれのよさがあると思うのだが、かって日本の原風景だった里山の野菊が、年々減少しているようにみえるのは寂しい。

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2008/10/23

紅葉

 先日、志賀高原の秋を満喫してきた。今年は春に行って大いに気に入り、夏秋と季節ごとに訪れている。日本は本当に四季のメリハリが利いていて、季節ごとの自然の移り変わりが見事だ。

Kouyou_2  志賀高原の秋は黄色系である。車窓から見える景色は、白樺、岳樺、カラマツ、ミズナラと黄色、黄土色、茶色と微妙に変化し目を見張る。何処を切り取っても一幅の絵になる。特に素晴らしいと感じた場所には、先刻ご承知のカメラマンが何人も三脚をかまえている。

最近は各地で多くの写真愛好家に出会う。三脚に高性能カメラ。後世、日本の大衆映像芸術の黎明期として特筆されるのかもしれない。

車窓からの景色もいいが、遊歩道を歩きながら全身で感じる黄葉はさらに素晴らしい。早朝のひんやりとした高原の空気の中で朝もやを通しての遠景、また葉先の露が光り輝くさまも美しい。日中は意外と暖かく、ナナカマドの真っ赤に色づいた実も鮮やかに目に飛び込んでくる。午後になると急速に日の光が弱くなり、3時ともなると冷え冷えとしてきて宿へと急がざるを得ない。

最終日は琵琶池周辺を散策した。志賀高原のなかでは比較的標高も低く黄葉も最盛期で池周辺が輝いて見える。それに加え、ここでは林間にモミジの仲間が多く、そこかしこに紅葉がちりばめられている。池をぐるっと一周した。初めはひたすら周囲の錦織りなす光景に吸い込まれるように見入っていたのだが、それにも慣れてくると、色々紅葉について考えてみた。

紅葉といえば、今ではモミジを代表とした赤系統をイメージするが、これは平安時代以降の傾向で、万葉の頃は表記も黄葉とされ、黄色系を指していたという。

そもそも植物が落葉する時、必要な栄養分は枝に回収し、必要でない、あるいは余分な成分を葉に残し体外に出す。

しかし紅葉は糖分から作られた色素アントシアンによるものであり、糖は本来植物体には必要な栄養素である。それだけに、次代に命をバトンタッチする大切な時、果実が鳥の目に付くように赤く色づくのは理解できる。しかし、落葉時にみすみす大切な栄養を葉に残して捨ててしまうのは何故なのだろう・・・。

池の周辺には羽団扇カエデというモミジの仲間がよく目に付いた。このモミジは場所によっMomiji_2 て、赤かったり、黄色かったり、かなり気まぐれである。場合によっては同じ木でも、ときには一枚の葉の中でも、黄色と赤が共存している。何でだろう・・・・。

見たところ日当たり具合が影響しているようである。池に面した陽光をたっぷり浴びている木は鮮やかに赤く染まり、木立の中、特に常緑樹の傍らで陽光がさえぎられている場所では黄色である。

そこで、仮説を立ててみた。モミジは樹間に生えるので本来陽光は十分ではない、そのため少ない日の光を有効に活用できる葉の仕組みを作り上げてきたのではないだろうか。したがって必要以上に光が当たり、糖分を作りすぎてしまった時には体外に排出してしまうのではないだろうか。

余分にできたら貯めておけばいいのでは・・・・と考えてしまうのは、殆んどの期間を飢餓と隣りあわせで生存してきた人類的発想法なのかもしれない。紅葉する植物は、1年ごとに清算して新たな春を迎えるのかもしれない。それなら、糖尿病やメタボの心配はないし・・・。

しかしモミジの仲間にも、メープルシロプとして幹に糖分を蓄える種類もあるし・・・。  植物の世界も、まだまだ試行錯誤しながら進化しているようである。

そんな事を考えているうちに出発点に戻っていた。1周四キロの行程がずいぶん短く感じられた。



追伸  世界の株暴落はまだまだ止まないようですね。日本株の底は一体いつ来るのでしょうか?

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2008/10/16

迷い

 私はどうも優柔不断の傾向がある。今も幾つかの選択の前で迷っている。

 朝から青空が広がり、庭の小菊も楚々と美しい。朝の光で開花したての花を写すのが経験上最もいい写真になる。近所の里山に早速撮影に出かけよう。今日のブログのテーマは野菊にしよう。

しかし考えてみると洗濯物が溜まっている。ついでに布団も干したい。まずそっちを片付けてから・・・。やり始めると洗濯は3回分もあった。その合間にネットを覗くと案の定、日経が大幅に落ちている。昨夜のニューヨークの大幅下落の影響だろう。いつまで後追い相場を続ける気なのだろう。

私自身は長期的には日本株は買いだと思っているので、底打ちした頃いくらか買いたいと思っている。といっても私のささやかな貯金からなので慎重にしたい。先日の大暴落の時は決断しかねている翌日には大反発があり、見てるだけ・・・に終わってしまったので今日は買ってみようかな、という気もする。

ちょうど銀行に振込みの用事もあるので(振り込めサギにあっているわけではありません)、ついでに証券会社に寄ってみようか。

こうして私の一日は過ぎ去り、野菊の芸術写真はまた幻に終わりそうである。

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2008/10/09

株価大暴落

 株が暴落している。一日で日経1000円近い下げである。ニュースでは大騒ぎしているが、私は今回はいたって冷静である。あまり株を持っていないので実害がほとんど無いというのが最大の理由かもしれないが、以前強烈な暴落を身をもって体験した経験があるためかもしれない。(2005.8.30のブログ参照)

 1989年は日本の土地バブルの頂点であり、日経は年末4万円に届かんとしていた。それから2年余のうちに1万数千円まで転がり落ちていった。国際金融資本による空売りが繰り返され、マスコミでは日本の会社の後進性が喧伝され続けた。そして気がついた時には、世界に冠たる技術力を持つ多くの会社の大株主の座は外資に占拠されていた。

 日本の優良企業の性格は一変した。社員は消耗品とみなされ、大株主に利益を差し出す装置に代わっていった。役員の高額報酬、株主への高配当。その一方で社員には長時間労働、契約社員の多用、福祉の削減等々を押し付けた。“グローバル企業”の誕生である。

 そして今、事態は一変した。歴史の巻き戻しを見ている感じで感慨深い。行き過ぎた金融バブルの崩壊により、金融資本が日本の会社から資金を引き上げている。世界中の投資家からファンドを解約され換金を迫られているためである。

 専門家によると11月の換金がさし迫っているという。それを含めあと数ヶ月は換金売りが続くものと予想されるという。実際には何回も戻りがはさまれ、為替も実態以上の円高にふれつつより高く売り抜ける努力がなされるのだろう。

 今海外を含め多くの余裕資金を持つ投資家は、日本の株価が底を打つのをじっと見守っていると思う。この千載一遇の機会を日本人は絶対に見逃すべきでないと思う。日本にとって(世界にとって、地球にとって)必要な会社の株を買おう!そうして日本の企業を応援しませんか。

以前農家では女の子が生まれると庭に一本の桐の木を植え、女の子が成人する頃、その桐の木で嫁入り道具を作ったという。これくらいの長期的視野で優良企業の株を持ち、成長を見守っていけたらいいと思うのですが・・・・。

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2008/10/02

剪定の季節

 自然界では長期的に見る限り、適切に淘汰が行われ植物も動物も調和を保っているように見える。しかしそれは数百年の単位で見た話であり、日々の生活レベルで見ると矛盾と不合理に満ちている。人間世界では、人為的にスムーズな調整が必要とされる所以だろう。それが人類の英知だと思う。

 道に枝が飛び出してきたら通行の邪魔になる。庭がジャングル化したら洗濯物を干す場所もなくなる。花木が好きなのに、花が地味な木のほうがとかく樹勢が強い。

 なにしろ数ヶ月ほって置いたわが庭は、木々の枝が複雑に交差し、蜘蛛の巣がいたるところに張り巡らされ、草花は豪雨になぎ倒され散々な有様である。

 先日息子に言われた。

 “会社でグーグル検索でこの家を見ていたら、凄い家だね!って言われたよ” 

 “緑が多いってことかしら”

 “荒れ果て方がナミでないってことだよ”

 今は庭の手入れ状況まで世界中から覗かれているようである。私のような無精者にはしんどい。

今朝は久しぶりに晴れたので庭に出てみる。しばらくすると何匹もの蚊に襲われた。これではじっくり剪定する気にもならないのでもう少し時期をずらすことにした。

落葉樹は春の芽だし前までに済ませばいいのでまだまだ時間があるが、常緑樹は寒くなってからでは樹勢をそぐので10月中にしたい。

 そろそろ朝晩寒くなってきたので冬布団を出したいし、衣服も夏物はしまって秋冬物を出さなくては。もちろん涼しくなってきた野山にも行きたいし・・・・・・。何やかにやで今年も剪定は先延ばしになりそうである。適切な時期に適切な剪定をするのは、なかなか難しいものだ。

 昨今の世界的金融恐慌も、かなり以前から問題点を指摘されてきた。もっと早い時期に適切な処置がとられていたら、かくも危機的様相を呈する事はなかっただろう。

 日本の政治も同様である。世襲化による人材の枯渇、特定利益集団のごり押しなどで多くの国民の利益がないがしろにされてきた。昨今その付けがいたるところで噴出している。一日も早く政治を国民の手に返して欲しいと思う。

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