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2008/11/27

後楽園

 数年前、東京都内の紅葉の見所を知人に聞いたところ後楽園のモミジを推薦されたので早速出かけてみた。庭園のそこかしこにモミジの木が悠然と枝を広げて見事に紅葉していた。自然界では樹間にひっそりと生えていて、秋に初めて存在を知る事が多いが、ここでは堂々とした主木であった。

 後楽園というと野球場を思い出す人が大半だと思うが、本来は水戸の徳川光圀により完成された庭園の名前である。儒学に造詣の深かった光圀らしく、“天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ”という為政者としての心構えを庭園の名前にしたという。黄門様の面目躍如たるものがある。

 さて翻って、今の為政者の心構えはどうであろうか。昨今一部の国民の怨嗟の的になっている公務員の給料体系は確かに、一般国民水準よりかなり高く設定され、諸手当を含めた待遇は、決して先憂後楽の思想を体現しているとは思えない。それを正そうとする気配さえないことに、税金で雇っている立場の国民の中に怒りが鬱積している事もある程度共感できる。

 しかし私の父親が公務員だった関係で少し同情的見方もしている。そもそも戦後は皆が食べられる事を目指した。殆んどの国民がゼロからの出発だった。生活は苦しかったが、建設の夢と意気込みに満ち溢れていた時代だったと思う。私の成長期はずっと日本経済は右肩上がりだった。企業は世界の工場に育っていき、労働運動も盛んで利益は働く側に還元された。税金の多くはインフラ整備に向けられまた国民に還元された。民間の活力は目覚しく給料も上がり豊かになっていった。一億総中流という言葉がそのまま多くの国民に実感された。

それに対し公務員の給料は余り動かなかったと思う。父は民間に就職した友人との余りの格差に悔しい思いもあったかもしれない。しかし国のために働いているという矜持が父を支えていたと思う。

 しかし公務員の待遇にも改善の風が吹き出し、民間との差を縮めるべく給与水準が上昇を始めたようである。様々な諸手当も創設されバブル期には官民の差はほぼ解消されていたのではないだろうか。・・・・ココまではなんら問題はなかったと思う。

 ところがバブル崩壊後日本経済が収縮を初め企業の減益にあわせ、民間労働者の給料は低下を余儀なくされ様々な手当ては削られていく過程で、公務員の待遇は余り変わらず今では絶滅危惧種並みに当時の面影を保ち続けられたのだろう。

 ところで日本はこの数年間、戦後最長の好景気といわれた。その一方では格差社会といわれる。具体的には企業の多くが外需産業にシフトされ外貨を稼ぎ、稼いだ外貨は労働者に還元せず、派遣や臨時工の多用により経費節減された金は内部留保される。

 それと平行して企業の株が着々と外資に買い占められ、三角合併という制度まで取り入れられていった。企業の利益の流れが国外へと定着する一歩手前であった。

 一方税金として国庫に入った金のかなりの部分が外債という形でこれまた国民の手の届かないところに持ち出された。

 そして最後の止めが、郵貯の民営化である。戦後日本人が営々と蓄えてきた汗と涙の結晶の資産が、金融工学の衣装をまとった金融商品に変わりアメリカに流れ、サブプライムローンの穴埋めをするはずだった。あと数年破綻が表面化しさえしなければすべてがうまくいくはずだった・・・・・。

 そうしてかっての大英帝国統治下のインドのように国富は吸い取られ、貧しさの中に沈んでいく運命だったと指摘する経済学者もいる。

 さて本題に戻る。最近起こった元官僚トップを狙った殺人事件を容認する意見が一部に見られるが、公務員は果たして一部政治家や世論が指摘しているように国民の敵なのであろうか。確かに先に指摘したように待遇が比較的に恵まれている点や、昨今の社保庁の仕事のずさんさなどを見ると怒りも沸いてくる。

 しかし少し冷静に考えてみれば、組織に問題があったとすれば責任は当然監督責任者に行くのがスジであろう。公務員の場合は、国民の委託を受けた代議士である。より直接的には各省庁の大臣、長官でありその大締めの首相であろう。

 戦後ほぼ一貫して政権与党にありながら公務員を適切に管理できていなかった事を棚に上げて、国民の不満を公務員に誘導しようとしているようにさえ見える、昨今の与党の政治姿勢は悲しい。

 飼い犬が、近隣に迷惑をかけるダメ犬になったり、メタボになったとしたら、ひとえに飼い主の責任なのである。

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