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2009/03/26

笑顔と涙

 一昨日は人間にとって大切なものは何かということをしみじみ考えさせられた。

 まずはWBCの日本優勝。日本は点を先取しては韓国に追いつかれの連続、息詰まる熱戦。10回の表でのイチローの2点勝ち越し打で、日本が前回に続き優勝を掴んだ。

 スタンドの日本人応援団が沸き立った。テレビの前で、ワンセグを片手に、インターネット上を、ラジオの実況で・・・このニュースは瞬時に日本中に広まり、人々の顔に久々の笑顔があふれた。

株価までが日本の明るい未来を予見するかのように高値で引けた。

 いつもは名工のように、期待される仕事を淡々とこなしていたイチローが、記者会見で見せた天真爛漫な喜びよう、目が潤んでいるようだった。それまでの不調が彼に与えていた重圧を改めて思い出させた。

 何にしろ多くの人が、それなりの幸せに浸れた時間だったと思う。

 夜は一転して、つらい涙を見せられた。

 小沢一郎氏の民主党党首続投宣言である。一言一言、腹の底から搾り出すような沈痛な言葉の中に、氏の日本政治改革への祈りにも似た決意が感じられた。

 それにしてもこの間の検察の動きの不明朗さは何なのだろう。三権分立で検察権力の政治からの独立をうたっているのは、ともすれば腐敗しやすい政権与党の監視役を期待すればこそである。

 それがこともあろうに交替可能な二大政党政治の始まりを予見させる政権交代が目前に見えてきたこの時に、刃を野党の党首に向けるという行動は、検察の意図がどこにあろうと、結果としては与党の延命に手を貸し、政治の浄化を後退させる事につながりかねないのではないか。 

 この際政治不信を引き起こした(?)小沢氏に引退を迫る意見も散見する。しかし今回反省すべきは、権力の腐敗摘発を狙ったにしては的外れに暴走した検察と、それに引きずられたマスコミにあると思う。

 もし小沢氏が他の人に党首を譲るとしたら、理由は氏の健康が今後予想される総選挙と内外の政治の激動に耐えられるかどうかの観点だけだと思うのだが・・・・。

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2009/03/19

新常用漢字表(仮称)

昨日の新聞に新常用漢字表についての識者N氏のコメントが載せられていた。

“統一性のなさ、笑っちゃう”と副題がつけられていたが、氏が文章でいわんとしていること自体もいまいち曖昧に思えた。

1、 現在(1981制定)の常用漢字表に比べて制限的色彩が薄れ、(真)摯、羨(望)、(失)踪、(招)聘、(戦)慄などが追加案に含まれている。(1945字が2131字に増加) 

これは制定当時の趣旨、学習者に日常生活に於ける必要不可欠な教養をつけ、負担はできる限り減らしたいという目的に一見逆行しているようにも見える。

 一般に社会の流動化が滞り知識層が固定化してくるとやたらと知識の蛸壺化、煩雑化が進む。中国においても漢字は複雑化し細分化され清朝に作られた康煕字典の収録漢字数は実に49030字にのぼる。そういう弊害を避けたいという観点からは、今回の漢字表の増量に危惧を感じるのは当然であろう。学習者への負担も無視できない。

しかし表自体に付記されているように、コンピューターの普及とともに書き言葉に於ける漢字表記は非常に楽になった。私なども以前なら辞書を傍らに置かなくては自信がなかった漢字などもすらすら書ける(打てる)。しかしいざ筆記できるかというと、できない漢字は加齢現象ともあいまって年々増加している。

それなら両者の長所を合体させたらどうだろう。読んで理解できる漢字は制限を緩めるが、筆記できる事は要求しないのである。コンピューター時代にはそれなりの対応が必要だろう。

2、賣→売なら讀→読となる。

しかし今回は迷→謎ではなく言+迷のしんにゅうに点が二つもあるというのだ。この不統一に対するN氏の疑問には私もまったく同感である。(点が1つだったり2つだったり、意味わかんない!)

3、 私の読みをわたしでも、わたくしでもよくした事、“おそれる”という状態を恐で表記するか、畏で表わすか選択できるようになった事等々にN氏は、どうも不満のようである。

 だがこれを言い出したらそもそも、大和言葉に漢字という表意文字を取り入れて表記してきた日本語の文字文化そのものへの疑問にまで行き着いてしまうであろう。

 すべてに完璧な解決策などはない。一般の人々の使い易さをその時々に考えていけばいいのではないだろうか。

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2009/03/12

オーストラリア

 雄大な自然、珍しい動植物。世界中からの移民を受け入れ、人種の融和を目指している新しい国。子供や若者がのびやかで生き生きとしている国・・・・・。

 昨年の秋(日本では春)二週間の旅ですっかり魅せられてしまった。それ以来、コアラ、タスマニア、カンガルー、森林火災、救い出されたコアラがペットボトルの水を飲みつくした事、・・・・なんであれ、少しでもオーストラリアと関係する事には敏感に反応してしまう。

 もちろんまた行きたい!

そんな私が名前もずばり、オーストラリアと言う映画を見逃すわけにはいかない。一昨日見てきました。

笑いあり、活劇あり、ロマンスあり、スリルあり、涙あり、感動あり・・・。

良質の娯楽映画のすべての要素を満たしていた。それをオーストラリア大好き人間である私が見たのだから、途中からティシュとハンカチが動員され、見終わった時には目が腫れていたとしても不思議ではない。

難をいえば、2時間45分を一気に見るのは少々疲れた。

乾季のオーストラリアの自然描写に偏っていたので、もっと雨季の草木の素晴らしさを紹介し、様々な野生の動物も登場させて全体を膨らませて、途中休憩を15分ぐらい入れたらもっと余裕を持って鑑賞できたと思う。

後半の物語の時代背景として登場した、日本によるダーウィン空爆の場面は日本人として胸が痛んだ。身近なアジアについてはそれなりに知っていたつもりだが、こんな日本から遠く離れた南半球の平和な土地にまで、旧日本軍は爪あとを残していたのかと思うと悲しかった。戦後それをきちっと次の世代に教え反省の上に、世界の国々と平和友好の関係を築いていくはずではなかったのか。

最近、他国に与えた苦しみには目をつぶり、自己正当化にばかり目を向ける風潮が一部に見られるが、“品格ある”民族の採るべき態度ではないだろう。

最近のオーストラリア政府の先住民族アボリジニに対する政策は好感を持てる。過去の過ちを反省し償っている。初期の白豪主義も見事なまでに克服され、民族の融和が自然な形で根付いていきつつあるように見える。

世界で最も若い大陸の未来に乾杯!

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2009/03/05

小沢代表は黒か白か?

 またまた我らが英雄スーパーマン登場か?

岩手県に絶大な権勢を誇る小沢一郎の政治資金の闇に切り込んだ特捜本部!

昨日からテレビ、ラジオ、新聞とマスコミはハチの巣をつついたような大騒ぎである。

永年の自民党政治を内部から見続けてきて、そのどうしようもない腐敗を知り尽くしてきた小沢氏の改革への情熱に、私自身は強い期待を持っていた。

しかし一方で、その自民党の中で生き抜いてきた方だけに、資金の透明さに若干の不安も持っていた。そのため今回の第一秘書逮捕の報には、やっぱりという気が無きにしもあらずだった。

昨日のどちらかというとセンセーショナルな事件報道から一夜明け、今朝の報道は専門家の冷静な背景説明も加わったので、私なりに今回の件についての考えもまとまってきた。

どうやらスーパーマンではなく、スッパマンの登場みたいである。

そもそも政治資金規正法というのが、時々の政権によって国民の非難をかわすため便宜的に手直しされてきた、きわめて矛盾点に満ちたざる法のようである。

それだけに、枝葉末節にとらわれた今回の特捜本部の出動は、警官の点数稼ぎとも揶揄され、現場の警察官の心証に左右される交通違反取り締まりのように、国民の利害とは隔離した案件となる恐れを感じる。

 その功罪を見るには、ここ10数年の政治状況を見ればいいだろう。有能な政治家が次々と灰色の案件により政治生命を絶たれ、永田町に残って要職に付くのはもともとお金やら、地盤やら、知名度を持った世襲議員やタレント議員ばかりになろうとしている。

 政治はお稽古事ではない。世襲で勤まるほどどうでもいい世界ではない。それにより、国民の生活、世界の平和にもかかわってくる非常に大事な仕事である。

スッパマンの跋扈はやめにして欲しい・・・。

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