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2009/03/19

新常用漢字表(仮称)

昨日の新聞に新常用漢字表についての識者N氏のコメントが載せられていた。

“統一性のなさ、笑っちゃう”と副題がつけられていたが、氏が文章でいわんとしていること自体もいまいち曖昧に思えた。

1、 現在(1981制定)の常用漢字表に比べて制限的色彩が薄れ、(真)摯、羨(望)、(失)踪、(招)聘、(戦)慄などが追加案に含まれている。(1945字が2131字に増加) 

これは制定当時の趣旨、学習者に日常生活に於ける必要不可欠な教養をつけ、負担はできる限り減らしたいという目的に一見逆行しているようにも見える。

 一般に社会の流動化が滞り知識層が固定化してくるとやたらと知識の蛸壺化、煩雑化が進む。中国においても漢字は複雑化し細分化され清朝に作られた康煕字典の収録漢字数は実に49030字にのぼる。そういう弊害を避けたいという観点からは、今回の漢字表の増量に危惧を感じるのは当然であろう。学習者への負担も無視できない。

しかし表自体に付記されているように、コンピューターの普及とともに書き言葉に於ける漢字表記は非常に楽になった。私なども以前なら辞書を傍らに置かなくては自信がなかった漢字などもすらすら書ける(打てる)。しかしいざ筆記できるかというと、できない漢字は加齢現象ともあいまって年々増加している。

それなら両者の長所を合体させたらどうだろう。読んで理解できる漢字は制限を緩めるが、筆記できる事は要求しないのである。コンピューター時代にはそれなりの対応が必要だろう。

2、賣→売なら讀→読となる。

しかし今回は迷→謎ではなく言+迷のしんにゅうに点が二つもあるというのだ。この不統一に対するN氏の疑問には私もまったく同感である。(点が1つだったり2つだったり、意味わかんない!)

3、 私の読みをわたしでも、わたくしでもよくした事、“おそれる”という状態を恐で表記するか、畏で表わすか選択できるようになった事等々にN氏は、どうも不満のようである。

 だがこれを言い出したらそもそも、大和言葉に漢字という表意文字を取り入れて表記してきた日本語の文字文化そのものへの疑問にまで行き着いてしまうであろう。

 すべてに完璧な解決策などはない。一般の人々の使い易さをその時々に考えていけばいいのではないだろうか。

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