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2009/06/25

アジサイの季節

Ajisai  梅雨にふさわしい花である。公園、街角、家々の庭、・・・。雨が降り続き何となく物憂げな気分をそっと包み込んでくれるような優しい青い花。もう直ぐやってくる夏を予告してくれているのだろうか。高原の空の色、見渡す限り続く大海原・・・・・。

しかしいま普通にアジサイと呼ばれているのは実は西洋アジサイで、シーボルトの時代に日本由来のガクアジサイがヨーロッパに持ち帰られて改良が加えられ、日本に逆輸入されたものだという。

ガクアジサイは名前の通り、本来の直径数ミリの小さな花の集まりを、虫の目をひきつけるHana ためであろう、装飾花とよばれる花が額縁のように取り囲んでいる。が、どうやら西洋人の目をひきつけてしまったようだ。その結果、装飾花ばかりのハイカラな花に変身してお里帰りしてきたという事情のようである。

私はどちらかというと以前からガクアジサイが好きだったが、数年まえ山歩きの途中見かけたコアジサイにひきつけられた。装飾花がまったくない花である。以来日本自生の素朴なアジサイに惹かれている。

 気をつけてみれば日本にも味わいのあるアジサイがいろいろある。近くの里山にも白い小ぶりの山アジサイが咲いているし、信州旅行した時には古木に絡み付いているツルアジサイを良く見かけた。高尾や御岳の沢沿いにはこれからの季節、みずみずしいタマアジサイがたくさん見られるだろう。

 先日は高幡不動のアジサイを見てきた。山の斜面に咲きそろう山アジサイの群落が見事なのだが、今年は時期的に遅かった。しかしガクアジサイやアジサイは正に見ごろだった。前日までの雨にしっとりとぬれた青の美しさは例年になく美しく感じられた。

 

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2009/06/18

種の行方

 友人からS氏(柴田規夫)所蔵の植物の種の展示会が開かれていると聞き、早速昭和記念公園の花みどり文化センターに出かけた。昭和記念公園には今まで何回も行った事があり、結構気に入っている場所だが、花みどり文化センターは初耳でもあり興味津々で出かけた。

 立川駅と昭和記念公園の間の空き地がいつの間にかきれいに整備されていて、緑の中に溶け込む感じで件の建物があった。さすが国営である。建物は立派であり、屋上庭園に行くエレベーターはさほど離れていないのに2箇所も作られている。資金が潤沢だったのだろう。しかし立派なたたずまいの割に一歩中に入るとシーンと静まり返り人気がほとんどない。カウンターに職員が暇そうに何人も座っているだけである。

 これがいわゆる箱物行政とお役所仕事というやつか・・・と何となく納得しつつ中を進んでいった。しばらくいくと“どこまで行くの?タネの冒険展”(530日~712日)と銘打った展示場が見つかった。

 

 一般に植物はほとんど動かないとされる。しかしタネの散布という大事な時には、あらゆる可能な手段を利用してより遠くに送り出し新しい快適な住環境を子供達に探してあげようとしている。植物の愛と英知が発揮される時である。

 1..動くものは何でも使え 

              風・・・タンポポ、モミジ

       水・・・椰子、鬼グルミ

       動物・・・イノコズチ、オナモミ

2..自力更生(はね飛ばす)

      カタバミ、ホウセンカ、コクサギ

3.報酬(食物)をあげる  

            鳥・・・・ナンテン、アオキ、桜

      虫(蟻)・・・・カンアオイ、スミレ

      動物(リス、ネズミ、猿、人)・・・どんぐり、柿、穀物。

3.の人に関しては今文章を打ちながら考えついたので加えてみました)

 展示そのものは様々なタネがいくつもの項目に分けられ、見ているだけで植物の賢さと子孫繁栄に対する必死さが伝わってきて楽しくなる。自然と仲良くなって、いろいろな事を知りたくなる。こういう展示を子供達に見せたら(説明してくれる人がいるともっといいと思うが)、自然がぐっと身近に感じられ理科の勉強も楽しくなるだろう。

 宝の持ち腐れとはこのようなことをいうのだろう。いくらいい企画をしても多くの人の目に触れなければ何にもならない。この辺の努力がいかにも足りないように思われる。

 これでは種の行方ではなく、税金の行方がどうにも気になってしまうのも仕方がないだろう。

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2009/06/11

可愛い子には旅をさせよ!

 先日買い物帰りのこと。向こうから乳母車を押した若いお母さんが、犬を連れた友人と楽しそうに談笑しながらやってきた。“小さきものはみなうつくし(かわいい)”、清少納言ではないが、赤ちゃんはことに可愛いものである。すれ違いざまにそっと覗いてみた。お母さん似のパッチリとした目をした赤ちゃんの顔を想像していた私は、声を上げそうになった。犬顔なのだ、いや犬そのものだったのだ。その若い女性は乳母車で犬の散歩をしていたのだ・・・・。

 

 何で?その犬は脚が悪いのだろうか、病後で弱っているのだろうか?余りに納得できないので、知り合いに話してみたら、今はよくある情景だという。専門の車もペットショップには売っているという。

 これでは、犬の散歩ではなく飼い主の散歩でしかないではないか。ひょっとして室内犬なので、帰ってから足を拭く手間を惜しんでの事なのか・・・。この犬の将来は、メタボで病院通いと決定か・・・。

愛情と過保護は違う。誰でも分かっているつもりでも実際の生活の中で、無意識のうちに目先の安全を願う余り、生涯にわたる安全を失っていることは意外と多いように思われる。

以前にも触れた事があるが、赤ちゃんのあせもを恐れる余り冷房完備の室内で育て、みすみす汗腺の発達のチャンスを逃してしまうと後でいくら後悔しても取り戻せないという。  

一般に人間の機能は生後の短期間にその後の発達の基礎を決定されるようだ。

運動能力しかり、言語能力しかり、五感の感受性しかり、・・・・。

先日、盲目の天才ピアニストの快挙が報道されたが、これなども早くから音楽的環境を整えてあげた周囲の愛情の賜物であろう。

しかし早期教育が成功している例は何も特殊なものに限らない。普通の家庭において、子供達はいつの間にか歩けるし、話せるし、周囲の無数の病原菌に負けない免疫力を獲得している。これは両親初め周囲の暖かい見守りと本人の数知れない試行錯誤の末に獲得した栄冠である。

大人はもう忘れてしまっているかもしれないが、自分達も無数の試行錯誤を繰り返して現在があることを思い出して、子供や若者の成長を温かく見守りたい。

ところで表題はこう変えたほうがいいかもしれない。

可愛い犬は、歩かせよう!

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2009/06/04

雪ツバキ

先週斑尾高原に行ってきた。スキー場として有名というが、私にとっては初めて訪れる地であり、初めての出会いが待っていた。

雪ツバキである。

Bunarin朝東京を出発し、宿舎に着いたのは2時頃だった。夕食までには時間があるし、といって不慣れの地で遠出するには心もとない。そこで宿の近くの林間を歩く事にした。私達以外には人に遭う事もなく朝からの雨が上がったとはいえ、空気はしっとりとして、ブナとミズナラの木立が幻想的な風景をかもし出していた。頭上では聞きなれない鳥の声が飛び交い、足元では、珍しいシダや山野草の芽出しが美しい。

そのうちに緑一色とも見えていた林内の所々に赤い花が咲いているのに気が付いた。近づくとツバキだった。もしかしてこれが以前から見たかった雪ツバキでは・・・。

膝ぐらいの高さであたり一面を覆い尽くしている。花の雄しべの花糸が黄色で、ほの暗い林間では黄金色に輝いて見える。雪ツバキに間違いない!

豪雪に耐え、可憐に咲くけなげな花というイメージがあった。しかし目の前に広がる群落にはYukitubaki_3 圧倒された。しばらく歩くと、林間に真新しい作業道が切り開かれていた。その側面に切り出された雪ツバキの根がむき出していたが、ネット状に何層にも張り巡らされてその所々から若木が芽生えている。豪雪地帯で生き抜く生命力を垣間見た気がした。

そもそもツバキの仲間は、典型的な照葉樹で温暖湿潤な中国西南部を故郷としているという。日本の椿(ヤブツバキ)は、日本列島をはさんで流れる暖流(黒潮、対馬海流)の影響で海岸線に沿ってかなり北まで分布域を伸ばしている。

そして雪ツバキ・・・。豪雪が寒冷、乾燥という過酷な条件からツバキを守り、ツバキ自身も3ヶ月余に渡る積雪という条件に見事に適応して美しい花を咲かせているのだ。

日本人は古来桜と並んで椿を愛してきたという。稲作文明とともに大陸から渡ってきて、様々な気候条件に適応し生活してきた日本民族の生き様そのものに重ねられるからかもしれない。

それにしても最近の日本人の軟弱ぶりは、ご先祖様が見たらさぞや嘆かれるのではないだろうか。

冷暖房完備の日常生活、歩く事の激減、過度の清潔志向(潔癖症?)、渡来人に対する偏見、権威や法律を事実よりもありがたがる、・・・・。

最近は新型インフルエンザの一件で官民上げて大騒ぎである。

このまま行くと細菌戦争での勝敗は、なんとも予断が許されなくなってきているように思われる。

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