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2009/09/18

四川省の旅 6

 成都では武候祠、杜甫草堂、近郊では三蘇祠を見学した。私はもともと神社仏閣めぐりはにがてである。暑い日中、古色蒼然とした建物、古木の生い茂る境内をガイドさんの案内をぼんやり聞きながら、迷子にならないように付いて回っていた。

 そのうちに私の頭の中で、変化が起こってきた。

 武候とは、諸葛亮のことで蜀を最後まで守った忠臣として、中国革命に於ける周恩来になぞらえて成都では絶大な人気があるという。建物の一角には顔真卿が書き写した“出師表”が刻まれていたが、その筆力に圧倒された。唐の衰退を嘆く彼の嘆きが、蜀の行く末を案じる諸葛亮の気持ちと重なって、見るものにじんと伝わってくる。

 杜甫草堂は安史の乱で荒れ果てた唐の都長安を逃れて、成都に安住の地を得た杜甫が住んでいた家を復元したものだ。田舎風の質素なものだが、この地で杜甫の多くの代表作が作られたという。

    春望 

 国破山河在  国が敗れても、山や川は以前のままだ
 城春草木深  廃墟の町に、春ほ草木が生い茂る

・・・・

 食料にも事欠いてたどり着いた杜甫のすさんだ心は、この地の自然に癒されていく。

    春夜喜雨

 好雨知時節,當春乃發生。 よい雨は、季節を心得ていて春になると降ってくれる。

 隨風潛入夜,潤物細無聲。 夜半には風も出てきて、静かに細やかにすべてを潤す。

・・・・

ちなみに、杜甫と親交のあった李白も幼少期から青年期まで四川で過ごしたという。

そういえば李白の詩には四川の風景を詠んだものが多い。

    早発白帝城 

 朝辞白帝彩雲間 早朝朝焼けの白帝城を発ち

 千里江陵一日還 千里かなたの江陵に一日で着く

 両岸猿声啼不住 両岸で猿の叫び声が響きわたるうちに

 軽舟已過万重山 小船はすでに多くの山々を過ぎていた  

 三蘇祠は、蘇軾(東坡)とその父蘇洵、弟蘇轍の住居址である。

 父蘇洵は晩学の人で何回も科挙に挑戦するが合格できなかった。二人の息子は父の夢をかなえ、優秀な成績で合格し高官に登用される。

蘇軾は宋の代表的な文人政治家で詩文書画のすべてに秀でていた。代表作“赤壁の賦”は三国時代の古戦場を訪れ、自然や人生に思いをめぐらしたものだが、明瞭闊達な蘇軾の人となりがよく表現されている。

筆舌鋭く、しばしば中央政府に直言し疎まれ、度々左遷されるが、左遷先でも善政を行い地元民に慕われたという。

以前杭州に旅行した折、蘇軾が作って当地の農民に感謝されたという蘇堤を歩き、豚の安価な脂身を美味しく食べられるように工夫した名物料理“東坡肉”に舌鼓を打った思い出がある。

“一方水土一方人”という。その地の自然が住んでいる人を育てるという意味だろうか。こうしてみてくると四川の誇るべき名産は様々あるかもしれないが、究極の名産は人そのものなのかもしれない・・・。

イチロー選手の9年連続200安打達成、おめでとうございます。努力を続ける事、夢をあきらめないことの大切さを教えられた気がします。

 鳩山内閣の誕生を見て、大いに期待できると思いました。あくまで国民目線を忘れず、同時に宇宙船地球号の乗員として恥ずかしくないように操縦宜しくお願いします。

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