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2009/10/09

四川省の旅 8

 三星堆博物館を見に行った日は、蜀の犬もビックリの晴天だった。正門から長い道のりを歩き館内に入った時はひんやりとしてほっとした。ベンチにでも座ってゆっくりしたい気分だったが、日本語の上手な元気な解説員に促されて広い館内を見て回る。

なんとも風変わりな青銅器の数々。極め付きが目の飛び出した仮面。当時の伝説的名君で、広い視野と長期的展望を兼ね備えて善政をおこない人望厚かったという。目が飛び出しているのはそれを象徴的に表現しているのだという。

蛇、竜、虎などの動物のなかで圧倒的に多かったのは鳥の鋳像であった。当時、鳥は太陽を象徴するものとして信仰の中心であったらしい。

解説員はこの遺跡の特異性を強調したうえで、この文明が突如消えてしまったという。消滅したのは多分河川の氾濫によってと推測されるらしいが、こんなに謎だらけで放り出されてしまうと却ってもっと知りたくなるのが人情である。

日本に帰ってからも何かと気になっていた。

ある日テレビで“黄金の都シカン”の展覧会が紹介されていた。精巧な黄金のマスク。なんとその目が飛び出して見えた。宝石を積み重ねたものだが何か因縁を感じて、上野の科学博物館まで出かけてみた。

謎の一端が解けかけた。

6万年前にアフリカを出た人類の一部はアジアに到達する。その一部は更に旅を続け、当時陸続きだった北アメリカに到達するが、更にその一部が南アメリカまで行きアンデス文明を築いたという。シカンはその一つである。仮面の表現に似たところ(目のこだわり)があっても不思議ではない。

Kane 謎のもう一端。この文明はアジアでは何処に行ったのか。

色々ネットで調べてみた。

三星堆遺跡の発見はそれまで空白地帯だった四川の古代文明の存在を知らせ、又その出土品の豊富さに驚かされたという。しかし以前に発掘された他の長江や黄河流域の遺跡からの出土品と共通するものも多く、様々な交流があったと推測される。

また“鳥信仰”は現在でも東南アジアにいろいろな形で残っているという。そもそも日本の鳥居も門の木枠にお守りとして鳥をつけたのが原型だったようで、鳥信仰を留めていたのだろう。

色々考えていると軒先の風鈴が涼しげな音を立てた。数年前、岩手県の南部でお土産に買ってきたものだ。その音に私ははっとした。三星堆で買ってきた鳥の鈴のレプリカの音が余りに似ていたからだ。地震の時、広い館内にその音が響いたという。何となくその音色に惹かれて買ってきたものだ。

音に対する感受性・・・。時代も場所もはるかに離れた三星堆の人々が何だかとても身近に感じられてきた。

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