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2009/12/11

目に入れても痛くない!

 こんな言い回しが通用するのは逆に言うと、目にごみが入った時の痛さを皆が認めるからだろう。

 私も最近ひどい目に会った。

 この秋はいつになく庭の手入れに熱中したのだが、ある日剪定の最中突然左目に激しい痛みが走った。なにかごみが入ったのかな。慌てて作業を中断し、洗面所に駆け込み水を張ったコップに左目をつけてパチパチ瞬きをした。今まで目にごみが入った時はこうして難なく水に洗い出されたものだった。

 ところが今回は違った。何度繰り返しても痛みは治まらない。当然水の中にごみらしきものも見当たらない。鏡で左目を左右上下眺め回しても何も見つからない。

 実は以前も似たような経験をした事が会った。そのときは読書中だった。やはり私のできることはし尽くしたのち近隣の救急病院に駆けつけた。昼休み中にもかかわらず丁寧に診察して白目に突き刺さっていた小さなガラス状のごみを取り除いてくれた。医者のありがたさが身に沁みたものだ。

 今回も万策尽きた後考えたのは病院に行くことだった。不味いことに連休中だったが、以前ならどこかが休日診療していた。ところが調べると近隣には休日に眼科診療をやってくれるところがない。これはショックだった。そのご何箇所電話を掛け捲った事だろう。やっと都内で3箇所開院している事、そのうち1箇所が比較的近い事を知った。

 教えてもらった電話番号にかけると、受付時間があと一時間で終了とのコト、我が家からだと交通機関2つの乗換えが必要である。財布と保険証を持って、慌てて家を飛び出した。この痛さを翌日まで引きずるなんて耐えられない。

 乗換えがスムーズに行き何とか、受付に滑り込みその日の最後の患者になれた。

 医者が私の左目の拡大映像を見せてくれた。よりもよって白目と虹彩の境目に木屑のようなものが刺さっているようだった。小さなピンセットでそれを取り除いて一件落着。安堵感に満たされて帰路に着いた。

 それにしても人間、自分が当事者にならないとなかなか気が付かない事が多い。目の中のごみでこの始末である。

 救急医療の崩壊が叫ばれて久しい。救急患者の医院間のたらいまわしや、臨月の産婦の受け入れ拒否など、当事者にとってどんなに精神的にも肉体的にも過酷な仕打ちであっただろうか。

 政治には優先課題というものがあると思う。人の命が第一である。次に日常生活の防衛である。これらをおろそかにして、高速道路無料化もむなしい。

 先日K 金融・郵政担当相とK副総理・国家戦略担当相との激しいやり取りがあったと聞く。今の与党の内情が良く分かる図式だと思った。ベテラン政治家K氏は現実の庶民の生活を守りたいのだろう、対する生え抜きの民主党のK氏は政治理念に重きがあるように見える。この二者をいかに融合させていくかが今後の政治運営の見せ所だろう。

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