« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010/04/30

春の昼下がり

 今日は久しぶりにのんびりとした気分で、だらだら時間を過ごしている。

 溜まった洗濯物を洗って干し終わると庭を見て回った。

 草も木もこの間の生長の遅れを一気に取り返そうとしているかのように目覚しい変身振りである。

 芽は膨らみ、葉を広げ、蕾をつけて開花準備に余念がない。

 ここのところ桜とカタクリなど早春の花々の追っかけで少々バテ気味だったが、街路樹のハナミズキは早満開で、ツツジがほころび始め、アジサイの蕾もいつの間にか開花スタンバイである。

この春は本当にあわただしかった。年毎に花への興味の拡大につれ、私の毎日は開花情報と、探索スケジュールに追いまくられるようになってきた。それに追い討ちをかけるような日替わりの天気の激変。このところかなり芯から疲れていた。

久しぶりに会ったご近所さんとキャベツの価格の高さを嘆きあうのも悪くない。何とかかんとか言ったって、食べられないわけでない。

お昼を食べてないのを思い出し、冷蔵庫から冷凍物を取り出す。何しろ春はけだるいのである。わざわざ何かを作る気もしない。

夕方までのひと時この怠惰な気分に浸っていようと思う。何しろやっと本当に春らしくなってきたのだから・・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/04/23

パ行とラ行

 昨夜のNHKで日本語考現学的バラエティ―番組をやっていた。“これが古代日本の発音だ”という紹介文に惹かれたのだが、要するに今のハ行が万葉集の時代にはパ行で発音されていたらしい事、したがって母(はは)がパパ(ぱぱ)だったという落ちまで、今まで何回となく聞いた話で新鮮味は余りなかった。

それよりも現在でも沖縄では、標準語ではハ行となったものがパ行で発音されていると言う紹介が新鮮だった。公用語(京都公家言葉?)でパ行音が消えていったように見えても民衆の間には残っているのではとしてひよこの鳴き声が今でもピヨピヨと表現されているという例を挙げていたコメンテーターの指摘が刺激的だった。

標準語の中のパ行音・・・。パン、パソコン、プリンター等の外来語を除くと単語には確かに少ない。漢音を除くと皆無に近い。

しかし一度擬態語や、擬声語に目を転じるとあるわあるわ、日本人は実はパ行が大好きなのではないかという気がしてくる。

このことはラ行に関してもほぼ同様であり、パ行とラ行の合体言葉はもう洪水のように頭の中に浮かんでくる。

パラパラ、ピリピリ、プリプリ、ペラペラ、ポロポロ、・・・・・

どうも日本の公用文と民衆の普段使用している言葉は長い間乖離していたのではないかという気がしてきた。文化の二重構造である。

 

もし日本語がパ行ラ行大好き言語であるならば、沖縄方言や、アイヌ語との類似性もぐっと理解しやすくなる。

 ・・・・・・ピリカなコロポックルとサッポロで会った夢を見た。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/04/16

花見山に行ってきました。

 名前はずいぶん前から聞いていた。一軒の花木栽培農家が自分の花畑を見たい人に解放してくれているが、なかなかのもので一見の価値があるというものだ。

個人的には自然状態の草木鑑賞が好きなので、わざわざ行って見たいとも思わなかった。しかし名声は年毎に高まり、好奇心旺盛な私としては一回は見たいと思うようになった。そして今回、一ヶ月ほど前にツアーに参加申し込みをしたのだが、よりもよって寒冷注意報が出た日に当たるとは思わなかった。

7時に東京をバスが出発した頃は、小雨交じりの寒空が恨めしかった。とはいっても4月も半ばである。クヌギの花の濃い黄色やコナラの淡い緑の芽生えが美しい。東京近郷の桜はもう葉桜となっていたが、群馬、栃木と行くほどに山桜や、染井吉野が今を盛りと咲き競い、日本の春を十分に楽しめる。

しかし福島県にはいる頃には周囲の景色は無彩色の単調なものに変わり、桜も未だ蕾状態である。私の期待値は下がり始めた。福島市の郊外の丘陵地を登るとニュータウンが広がり、東京近郷とあまり変わらない。これで東京郊外の公園並みの場所に案内されたら、これまでの5時間余りの長旅はなんだったんだろう・・・。

しばらく行くと交通渋滞に巻き込まれた。このままでは何十分かかるか分からないとのことで下車して歩くことになる。しかしこの頃には遠くの山肌にピンクのパッチワークが見え出していたので少しぐらい歩くのは苦にならない。三方を山に囲まれ寒風を防げるため周辺地域より暖かなのだろう。

Hanamiyama 花見山・・・、さすが見事だった。公園の入り口が左手に見えたが、まずは周辺の散策をした。様々な桜のピンクのグラデーションが美しい。その間を桃、レンギョウ、モクレン、ボケ、菜の花、・・・・春の花々のオンパレード。ふと気が付くと1時間の鑑賞時間の半分近くが過ぎていた。慌てて公園入り口に引き返し中に入る。雑踏を過ぎると小高い山道に差し掛かる。

次々と現れる花々に圧倒されながら旋回し、ゆっくり登っていく。遠くに目を移すと花々の間から、周辺の山の斜面を埋めるほかの農家の花々が見え、更に遠くには数日前の新雪をいただいた吾妻連峰が連なっている。

しばらく行くと道が二手に分かれ、地元のおばさんが写真を売っていた。Hanamiyama2_2

“このまま登っていくと1時間コースで、下ると10分で降りられますよ”

バス発車時間まで後20分しかなかった。なんとも心残りだったが、ひたすら下った。

色々悪条件は重なったが、桜、特に東海桜というピンクの小ぶりの桜が見頃だったのは幸運だった。今度は一泊して心行くまで見てみたい!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/04/09

花見疲れ

Sumire ここ1週間、花を追って街を、野山を歩き回っている。

暖かくなったり、ぐっと冷え込んだりのあわただしい気候の変化に何とか風邪を引かないよう適応しつつ、あれも見たいこれも見たいと気分は逸り、結果として疲れが溜まり、今日などは朝から全身がけだるくてブログを書く元気も出てこなかった。

庭の木々や草花の芽も数日ぶりに見ると、ビックリするほど伸びている。冬芽から新緑へ変わっていくこの時期の変身振りは見ていて実に楽しい。

又明日から、春の息吹を追って自然の中を歩き回りたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/04/02

台湾旅行 4

台東を過ぎ花連に向かう。右手には何処までも続く太平洋の大海原が続き、地平線で青空と接している。左手には山が迫り、その間の狭い空間に釈迦頭畑が続く。この辺は従来から少数民族高砂族の居住地だという。

台湾の地形はサツマイモのような形で、中心部を数々の山脈が走り全島面積の半分を占めるというが、高さが半端でない。富士山より高い玉山(新高山3952メートル)以外にも3000メートル級の山々が133を越すという。正に屏風のように東西の文化交流(平和的、侵略的)を拒絶してきたようにみえる。

そのため中国本土で今ではほとんど見ることのできない、中国文明の黎明期の姿が残されているのではないかという期待があった。

  以前ト-テムと言う映画で見たアミ族(高砂族中最大の部族)の祭りの羽飾りとアメリカインディアンの羽飾りに強い共通性が感じられたのもずっと気になっていた。

その日も台湾色豊かな夕食を終え、夕闇迫る頃アミ族文化村に着いたときはショーの開演時間も迫っていた。民族工芸などを売っている土産物屋の前を急ぎ足で通り過ぎたが、何か面白いものがあれば後で買いたいなと、さっと店内を眺めた。

そのとき壁に古びた写真が貼ってあった。以前の伝統的風俗写真らしい。

見た瞬間はっとした。以前北海道のアイヌ村を訪問した時の驚きが再現された。あれは大学2年の夏休みだった。アイヌが多く住んでいるという白老町でクマの木彫りなどの実演や、伝統的踊りを見せてもらったが、そのときのアイヌ女性の口の周りの青い刺青とその写真の刺青は実によく似ていた。

アミ族のショーは楽しかった。特に最後に観客も参加した踊りは盆踊りや、フォークダンスを思わせる軽快な分かりやすい動きで、運動音痴の私も一緒に楽しむ事ができた。

蛇足だが、舞踊団のアミ族の青年は今の日本でいう草食系イケメンぞろいであった。血は争えないという事だろうか。

アフリカ→ ・・・・・中国大陸→ 台湾→ 沖縄→ (九州→ 本州→ )北海道→ ・・・・アメリカインディアン→ アンデスの民。

 古代人の歩みの1ルートがうっすらと浮かんできた。遥かなる旅路である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »