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2017/01/15

20 農村へ

父の仕事はますます忙しくなり、私の毎日の食事は、更になおざりにされました。

しばらくすると私の胃はすっかり調子を崩してしまい、痛みのためしょっちゅう床で転げまわり、時には登校するのもつらくなりました。

 

ある人が母に一つの漢方を紹介してくれました。それは翁草(オキナグサ)の根っこを一時間ほど煮詰め、その中に玉子を一つ割り入れるというもので、何回か服用したら、もう胃の痛みは二度と起こらないというのです。

母はさっそく農村に住む親せきに頼んで、山に行き翁草の根を採ってきて乾燥させたものを送ってもらいました。それを母は教わった通りに処方して私に服用させました。もともと長期にわたる栄養不良で、その頃の私は、食欲が全くなくなっていました。そのため普通の食事でさえ食べられないのに、ましてもともと嫌いな漢方薬なんて受け付けるわけがありません。その苦く渋い味・・・。私は全部吐き戻してしまいました。

 

そのころ母の二番目の妹がうちに遊びに来ました。私が、がりがりに痩せて、病気がちで、学校もたびたび休んでいるのを知るや、すぐに彼女の家に引き取り、面倒を見てくれるといってくれました。

こうして、その年の夏休み、私は叔母さんの家にやってきました。しばらくのつもりが、結局二年間もお世話になってしまいました。

そして、この二年間が私の幼年時代の最も楽しかった時間となったのです。

 

叔母の家は農村にありました。家には小さな庭があり、とてもよく管理されていました。

叔母さんも、叔父さんもそれぞれ仕事を持っていたので、生活費はそこそこ足りていたのですが、二人ともとても働き者でした。おばさんは庭の一角を囲って数頭の豚を飼い、そのほかにもいくつかの籠で十数羽の鶏とアヒルを飼っていました。

 

庭の戸を開けると、鶏が羽をばたつかせて大騒ぎ、アヒルもガアガア鳴いて歩き回ります。その上、母豚も囲いの端までお出迎え。頭を上げて、もともと大きな鼻の穴を精一杯広げて食べ物の催促です。

叔母さんの家には、さらに二歳になったばかりの女の子がいて、彼女と背丈がどっこいどっこいの雄鶏を一日中、追っかけまわしています。

そのにぎやかさと言ったら!!

ここにいる限り、私にはもう孤独を味わうことはありません!

 

昼間はこれらの鶏とアヒルは放し飼いされます。朝早く彼らに餌をあげた後、籠の戸を開けてやると、みな我先に外に飛び出します。アヒルはとても規律が取れています。群れの中にはリーダーがいて、ほかのアヒルは、リーダーが行くところに皆ぞろぞろとついて回ります。

村には小川が流れていて、叔母さんの家のアヒルのお気に入りの場所でした。彼らはほぼ一日中そこで遊びまわっています。自分の卵まで川辺に産みっぱなしにしてしまいます。

川辺を散歩していると、アヒルの卵や、よその家のガチョウの卵を見つけることがありますが、もともと自分の家のアヒルも家では卵を産みません。だから何らためらわずに拾ってきて、塩水につけて塩卵にしたり、新鮮なまま野菜といため、酒で味付けして美味しくいただきます。

 

しかし、たくさんの鶏を放し飼いするのは、それほど簡単なことではありません。

雌鶏は、基本的には庭の中で放し飼いにします。そうすれば、卵を外に生むこともなくいつでも手に入ります。

雄鶏は自由にさせて自分たちで餌も探させます。

雄鶏たちは自由になると数匹ずつ連れ立って、散っていきます。草原、川べり、またはゴミ捨て場は彼らのお気に入りの場所です。

夕方になると、私たちはまず、アヒルを探し出して家まで連れ帰り、しっかり籠に入れます。それから雄鶏探しに出かけます。幸いこの村は、それほど大きくないので、みんな顔見知りですし、どこの家で何羽の鶏を飼っているか、何匹の犬がいるかまで、みんな知っています。

叔母さんは村の東から始めて、西の端まで、行き会った村の人とおしゃべりをしながら、あちこちに散らばっていた鶏を集めて家路につきます。

 

毎日、叔母さんの後について、これらの鶏やアヒルを探して連れて帰るのは、私にとっては実に楽しい経験でした。

夕方、主婦たちは椅子を家の前に持ち出し座りながら、野菜に着いた泥を落として夕飯の準備をします。またある人は、大きなたらいを持ち出し、しゃがみこんで洗濯板で家族全員の洗濯を始めます。みんな忙しく手を動かしながら、その日の出来事を大声で話しては、楽しそうに大笑いします。みんな元気ではちきれんばかりです。

 

叔母さんは、私を連れて歩きながら、おばさんたちの前を通るときは当然、私をみんなに紹介します。

“お利口そうなお嬢ちゃんだこと!色白で美人ね!”

“町から来た子は違うわね!立ち居振る舞いが様になっているよ。うちの野暮ったい、田舎っぺとは大違いさ・・・。”

そういいながら、自分の娘を、後ろから引っ張り出して、私に紹介してくれます。

私たちは、恥ずかしそうに頭をちょこっと下げて、紹介は完了です。

数日のうちに、村中に私は知れ渡りました。

村には、よほどのことがないと外から人が来ません。それで町から来た私は、たちまち彼らの話題の人となったのです。

 

私がどこを歩いていても、きっと誰かが大声で私の名前を呼びます。そして町での生活ぶりを聞いてきます。

“町の学生さんは、農作業を手伝わないんだってね!それじゃ、放課後はみんな何をしてるの?”

“あんたのお父さんは検事さんなんだって。さぞ厳めしいんだろうね!周りの人は怖がっていない?”

 

私は自分がすっかりアイドルになったような気持ちでした。

私はここでの新鮮な出会い、毎日のように経験する驚きや喜びがすっかり気に入りました。

 

  中国では、小学生から大学生まで、”学生”と通称するそうです。

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