2008/12/11

レッドクリフ  

 レッドクリフが面白いらしい。そうなの・・・。又ターミネーターやマトリックスばりのハリウッド映画なのだろう。

そのうちレッドクリフとは赤壁、すなわち三国志のクライマックス、赤壁の戦いをテーマにした映画だと知った。これは見ないわけには行かない!何しろ三国志なのだから・・・。 諸葛孔明、関羽、劉備、曹操、・・・・・きら星の如く英雄豪傑の名前が浮かんでくる。なんてったって私は大学で中国文学を専攻していたんだから・・・・。

しかし正直に白状すると、私は今までちゃんと三国志を読んだこともなければ、テレビや映画でも、とうして見たことがないのだ。一番鮮明な記憶が、息子達が幼かった頃、テレビで放映されていた人形劇を時々覗いていた程度なのだ。これさえも夕食の準備に忙しい時間帯だったので、断片的に目に入ってきたに過ぎない。

思い返せば私にもしっかりと三国志と向き合おうと思った時があった。大学三年になって中国文学科に進学した頃、中国文学の古典を読み尽くそうと思っていた私は、まず三国志演義、水滸伝、紅楼夢、西遊記の原書を専門店で手に入れた。三国志は二分冊で合わせて四センチぐらいあった。しかも挿絵もなく全部漢字である。しかし当時の私は若かった。大変そうな事ほどやる気が起こった。

なかなか面白かった。読むほどに引き込まれていきそうな気がした。しかし曹操の若き日のエピソードでつまずいた。

政敵に追われ、逃避行の途中立ち寄った知人の家での事。主人の客、曹操にご馳走しようと、使用人が豚を絞めようと相談していた。それなのに自分を殺そうとしているとはやとちりして、自己防衛とばかりにその使用人を殺してしまう。ココまでは単なる誤解で済むかもしれない。当然主人に詫びを入れ、償いをするものと思った。しかし曹操は、主人が怒る事を予想し、帰宅してきた主人を殺害して逃走する。・・・・ココまで読んで私の心は凍りついた。どうしてもその先に進めなかった。

そんな時に、大学に機動隊導入、全学スト、・・・・私は書を捨て外に出た。私の人生は未だにある意味、その延長なのかもしれない・・・・。

言い訳が長くなってしまったが、要するに今回の映画は私にとっては三国志の初体験であったのかもしれない。生き生きとした人物像。当時を髣髴とさせる衣装、武器、建築・・・・。

 2時間半があっという間に過ぎた。早くパート2が見たい!

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2007/05/14

八百万の神々

八百屋、江戸八百八町、大阪八百八橋・・・・・何しろ多いという事である。

 日本には古来神が多い。少しでも怖い対象はすべて神=かみ=上として祭り上げてしまう。

 政治権力者をお上と呼ぶ。はては、奥さんまでお上さんと祭り上げられている。触らぬ神にたたりなし。庶民の知恵であろう。

 

 神の一形態、仏(ほとけ)もご多分に漏れず範囲が広い。仏教関係はもとより、なくなった人すべてをさす普通名称になっている。先の戦争ではこの神様好きが高じて、国を挙げて一億総神様になろうとしたほどである。

何事も始まりは曖昧模糊としている。国の始まりも例外ではない。それだけに興味を持ち出すとオタク的にはまってしまい、百人百様の説が飛び交い、うっかり何か言うと蜂の巣をつつくような感じである。その上政治的思惑、民族意識まで加わり、正に触らぬ神にたたりなし的状況になってしまう。これでは科学的検証作業が進まないわけである。

今回は『出雲国風土記』を読んで考えた事を少し述べてみたい。

まず国づくりが具体的で生き生きと描かれている事に驚く。鋤で大地を耕し、銛で大魚を突き、浜で船を引き上げるようにして国を広げていった事、朝鮮半島や北陸との交流も言及されている。いわば出雲人の視点で当時の伝承記録をまとめたのだろう。

出雲といえば、古事記の国譲り神話から、大和政権以前の日本の政治の中心勢力であった事が想像される。神無月〈10月)が出雲では神在月といわれたことからも、当時の各地の有力集団のサミット的なものが開かれていたのかもしれない。

中央権力を譲ったとはいえ近年発掘された、鎌倉時代建設されたと思われる出雲大社の壮大さから見ても、出雲勢力は後々までかなりの影響力があったと思われる。

この出雲を支えていた人々は何処から来たのだろう。

2,3世紀、多くの遺跡から銅鐸が大量出土する。銅鐸=編鐘と考えれば、まず中国文化(春秋・戦国時代)である。当時音楽の演奏に広く使用されていたという。

紀元前数世紀、呉越の闘い、越による呉の滅亡、楚による越の滅亡、秦による楚の滅亡、秦の滅亡と漢の成立にいたる大動乱期に、多くの江南の人々が戦火を避けて移動し、その一部が日本列島にも来たであろうことは、近年のボートピープルを引き合いに出すまでもなく、想像できる。まして水郷の人々である。船で大海に漕ぎ出し、黒潮に乗り、九州、四国、紀伊半島辺りまでは無理なく到達できたであろう。また瀬戸内海沿岸は言うに及ばず、対馬海流に乗り山陰、北陸へと新天地を求めて移動したと思われる。ひょっとしたら秋田美人は西施の末裔かもしれない!?

江南文化のにない手がそのまま出雲勢力かというと、そうは単純でないようだ。少なくとも文化的には変遷が見られる。銅鐸は2世紀になると地下に埋蔵され、それに変わって3世紀から6世紀にわたる古墳時代は朝鮮系の文化の影響が強い。大陸に於ける漢帝国の滅亡に伴う朝鮮半島の激動の波及であろう。銅鐸文化の衰退と銅剣・銅矛文化の隆盛。その文化のにない手による大和朝廷成立という決着を見たのかもしれない。剣は、音楽(銅鐸)より強しである。

編鐘は漢時代に製造が禁止されて以来、長い間中国の中でも忘れ去られていた。銅鐸は今のところ、日本の学界では朝鮮の釣鐘の変形と考えられているようだが、銅鐸と編鐘の関係が解明されれば日本文化の基層の解明の大きな手がかりとなると思われる。

今回の文章内容は、私自身かなり未消化な部分もあり、日本文化解明の一つのたたき台にしていただければ幸いです。

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2007/02/26

これって産直?!

ここ数週間ノー天気を自称している私も少々落ち込んでいました。しかも原因が自分で作った本なのですから世話はありません。自業自得といわれればそれまでです。

 話を遡れば8年前になりますが、端折って昨年の事から簡単に振り返ってみます。

 ブログでつづって来た自分史を、本にするにあたりやはり思想的にも共感してくれるところをと探して、知人の紹介で見つけた出版社でした。できた本も大体において満足できるものでしたので、販売も1年間全面的に任せました。昨年末に経過報告をしてもらったのですが、納得いかない点があったので、第三者に入ってもらった話し合いの場を設定したところ、突然販売契約の打ち切りと、在庫返却が通告されました。寝耳に水ではありましたが、宅配業者さんが本の持って行き場がないと困るようなので引き取りました。

 しかし突如できた本の山に、私もしばらくはどうしていいか分かりませんでした。息子はベッドにでもしたらとからかいます。厚くて面白くない本の事を、枕にするとよく言っていたバチが当たったのかもしれません。なるべく目をそらし考えないようにしていたのですが、やはりこのままほっとくわけにも行きません。

 勇気を出して、何社かの取次業者に電話してみました。答えは出版社との取引以外には応じないというもので、ますます意気消沈し、個人の無力をいやでも感じさせられました。しかし捨てる神あれば、拾う神ありで“アマゾンのE託販売サービス”は個人も対象らしいよと教えてくれた人がいました。

さっそくネットで調べると、機械オンチの私でも簡単に登録できました。今まで一寸斜めに見てきたアマゾン様さまです。

 これって考えてみれば野菜ならぬ、本の産直ですね。個人がやりようによっては世界を相手にできるってアル意味すごい事だなあと感じ入ってます。

ブログで拾い読みしてお気に召して購入してくだされば幸いです。また購読して面白いと思った方が知人の皆様に紹介していただけたらもっと幸いです。又感想や批判何なりとコメントでお寄せください。

追記  先日、出版社サイドとの話し合いがもてました。どうやら私の誤解が行き違いの出発点だったようです。色々ご迷惑おかけしました。

 本の販売形態は、今の“産直”方式も利点があるので、このまま続けようと考えています。

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2005/12/16

印刷に入りました

 やれやれという感じです。本一冊出すのってこんなに大変なものなんだ、と改めて感じています。
 出版社を探して、原稿を渡して、文字の大きさや、構成を考えて、校正をして、表紙を考えて、できたゲラをまた校正して、・・・。
 いつできるのか、結局できないのか自分でも心配になりました。12月26日に製本完了予定という通知をやっともらいました。アマゾンには完成後、連絡をするのでサイトに掲載されるのは、それからまた数日遅れるとのこと。その点本屋システムは、未だ健在というか、今日からでも最寄の本屋に注文できるという事です。予約扱いですが、購入を考えてくださる方はよろしくお願いします。
 
 今回の全体を振り返ってみると、また私の遠回り癖がもろに出てしまった感じがします。もっと簡単な、楽な方法があったんじゃないか。何も好き好んで、でこぼこ道を歩かなくても良かったんじゃないか。

  山を登るのに、ロープウエイも、リフトもあります。でも自分の足で歩いたからこそ得られるものもあります。野の花や木々は心を豊かにしてくれます。枝の上からは小鳥の鳴き声が聞こえ、たまには木の実をかじっているリスと目があったりします。歩いてる事自体が楽しくて、頂上を目指していた事などどうでもよくなったりします。

 でも今回は、めでたく目的地につけそうです。いままで、陰ながら支えてくださった皆様に心からお礼を申し上げます。今後とも、ご支援いただければ幸いです。

 
    『 あなたへのEメール 』  

             「二十歳の原点」 に30年目に遭遇して

                                             山川明子 著
                   
                     れんが書房新社

                     定価  1500円 +税

                                                         

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2005/10/17

旧版への感想    4

 原稿拝読しました。 東大闘争の頃の事実関係には、むしろ思い出させられることが多く、記述に疑問は感じられませんでした。 ただ 貴稿の「鶏頭となるも牛後となるなかれ」 の成語は「鶏口・・・」 の誤りではないでしょうか。

        ・・・・・・・・・・・・・・・・       

 出版については 「自分史」 ということになるので自費出版が良いと思います。確か、・・・・という出版社があったと思います。 ・・・・・にも自費出版部門があるはずです。

     1999年9月20日     ( 東大中文先輩   Uさん 



  次のは個人の感想ではありませんが、団体として評価していただき、とても嬉しかったので紹介させていただきます。

            入選のお知らせ
 このたびは第4回 「私の物語・日本自分史大賞」 にご応募をくださいましてありがとざいました。
 慎重な選考の結果、あなた様の自分史 「あなたへのEメール」 は

     私の物語・日本自分史大賞 優秀賞

 にご入選なされましたので、お知らせします。
なお、表彰式は別紙の通り 平成12年10月7日(土) 愛知県春日井市 の日本自分史センター (別紙参照)
で行いますので、ご出席くださいますよう、お願い申し上げます。

     平成12年9月10日
            日本自分史学会会長
            私の物語・日本自分史大賞委員長
                            土橋 寿

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2005/10/10

旧版への感想     2

『あなたへのEメール』 どうもありがとうございました。

イッキに読んでしまいました。

なつかしかった。

直ぐにお返事を書こうと思ったのですが、紙に書くのがわりとにがてなので遅くなりました。 

ホームページあるんですか? ネット上をさがしたけど見つかりませんでした。

私のEメールアドレスは ・・・・・ です。気が向いたらメール下さい。

    3月30日           ( 東大駒場時代の友人 Tさん )



『あなたへのEメール』 贈ってくれてありがとう!! ついに出版に漕ぎ着けたあなたの馬力にはただただ驚嘆するのみ。

本の感想は前と変わらないので、それはさておくとして、お金も結構かかったでしょうから、一度、お昼でもおごるわね。

四月に入ったら、あなたの因縁の西表島方面に出かけるつもりなので、三月中のお互い、都合のつく日に会えると良いけど。

とりあえず、ありがとう。

     3月22日            ( 東大中文時代の友人 )

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2005/10/07

旧版への感想    1

 封筒に書かれた覚えのない名前、開けてみるとさらに別の名前、でもこの筆跡は知っている。 山川さんではないか、むさぼるように読み始めればやはり山川さんでした。 ありがとうございます。 午後からの仕事に出かけようと着替えているときの郵便でした。 すっかり本の中に入り込んで、仕事から帰って続きを読みました。

 なつかしい 「とき」 が蘇りました。その 「とき」 を共有していたのですから。 高校時代、教室の片隅でBさん と話し込んでいたあなたの笑顔 。 大学に入られてから出会って伺った2年間の変化、中国に傾倒していた頃の年賀状、次々と浮かんできました。 いつも穏やかに笑って、しかも私のような単細胞理科人間には及びもつかないような高尚な話題、それが文章の中によく現れていました。 そしてあなたの歴史がよくわかりました。

         ・・・・・・・

 55年間も暮らしていれば誰も平穏無事なことばかりではありません。 これも人生、あれも人生と受け入れて少しのことにでも喜びを感じたいと思うようになりました。 そんな意味でも心に染みる本でした。 タイトルが 『あなたへのEメール』 ですからどこかにメールアドレスが載っているといいですね。

 18年間、化学を教える仕事をしてきて 「私は化学、そして工学がとことん好きだ。この面白さを学生に伝えたい」 とつくづく思います。 たいした仕事ではないけれど 「今日はどういうふうに教えたらわかりやすいだろう」 などと考えながら仕事に行くのが楽しい毎日です。

        ・・・・・・・

 北国は今日も大雪、静かな街は思索の場を与えてくれます。 再度の北海道旅行においでになりませんか。 お待ちしています。

       12月1日                   ( 高校時代の友人 )

    文中、名前は変えてあります。又個人的な内容は・・・・・・で省きました。以後の紹介でも同様にします。

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2005/10/03

10月中に出版できそうです。

7月に“本にします”と告知して以来、はや3ヶ月、経とうとしている。

ある意味これが“インターネット”と“リアル”の違いかなと感じている。インターネット、特にブログの場合は、書きたい事を、書きたい時に、大体自由に、しかもとても容易に表現できる。読者も、可能性としては無限大である。

それに対しリアル、すなわち普通の本の出版は、なかなか大変だ。無名の場合は、大抵なんかの懸賞に応募しないと門前払いされる。入賞すると多くの場合、作品は自動的に出版社の物になってしまう。( 自分の半生を他人に譲れません ! ! )

それでも出版しようとすると、自費出版となるが、関係者対象の、狭い世界に限定なら問題ないが、それ以上の読者を求めるのは不可能に近い。

又それぞれの出版社には、それぞれの色がある。私みたいな、うるさい顧客の種々の要求に満足に答えてくれるところを探すのは、本当に大変だった。出版後の販売まで視野に入れると、大手がいいが、そうなると、私の世界観なり、思想性とぶつから無いところは皆無に近い。

自分で出版社を作るしかないのかもしれない。そんな絶望的状況下で、友人に紹介されたのが、今回お願いした出版社だ。零細ともいえる規模だが、社長さんが、私と同世代で、当時の空気を同じように吸い、同じように悩んだ人だったので、出版をお願いする事にした。しかし、小企業の悲しさ、色々な事情で予定が延び延びになり、やっと10月中に出版の運びとなった。

販売は、書店、インターネットでの注文が主体となると思いますので、ご購入いただければ幸いです。

遅くなりましたが、次回からは、旧版への関係者、知人、友人の感想を紹介したいと思います。

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2005/07/15

本にします

 今まで、自分史という形で、戦後の日本を振り返ってきました。歴史の見方は、その人の立場、それまでの経験、その時の気持ちなど、様々な要因によって影響を受けるので、より客観的で、より多くの人の共感をえられる記述はとても難しいと思います。

 究極的には、一人一人が、自分の経験したことを、誠実に記録することの集大成が、その時代、その地域の歴史をより忠実に再現できるのだと思います。そういう意味で私の自分史も、役に立てれば嬉しいと思っています。

 以前も自費出版という形で、本にしてみました。しかし、無名な個人の本が、流通ルートに載ることは難しいという事実を身にしみて味わいました。ススキ、葛、笹、カナムグラが繁茂している前で、前進できず呆然として立ちつくしている感じでした。

 この窮状に、新しい道を息子が示唆してくれました。いつもはババア呼ばわりで、反抗心の塊みたいな息子ですが、ぐうたらママが一念発起して始めた仕事の頓挫に、憐憫の情が湧いたのでしょう。

 インターネットを使えば、“誰でも”、“いつでも”、“どんなことでも”、“誰にでも” 発信できる。

 これはある意味、空とぶ箒を手に入れたような感じでした。当然、キキがすぐ箒で自由自在に飛べたわけでないし、途中なんども飛べなくなるピンチはありましたが。

 昨年の10月から始めて、足掛け10ヶ月。ブログの大きな可能性に、感心する日々です。ただ、“誰にでも” に関しては、まだまだ未開発分野だなと感じます。

 私自身の経験でも、同世代の知り合いで仕事以外でインターネットに触れている人はかなり少数です。簡単に言えば、“ 物好きな人”です。ここを何とかしなければ、インターネットのよさは十分発揮できないと思います。“リアル”の世界 と “インターネット” の世界の橋渡しができたらいいな。そんな願いも込めて、再度 “本” にチャレンジすることにしました。

 内容は、今までブログに発表してきた自分史の部分と、東大卒業以後を合わせました。購入くだされば幸いです。詳細は決まり次第報告します。

 次回からは、旧版に対して寄せられた、関係者、知人、友人の感想を紹介していきたいと思います。

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2005/01/31

中国の赤い星  ( 3-7 )

 一方、受験を捨てていたわけではなかった。 二度の失敗から、私は、数学、英語、古文は蓄積した力の必要を感じていたので、毎日一定の時間それらの勉強にあてることにした。
 数学はいくら理解していても、計算で間違ったらおしまいなので、毎日、4、5桁の掛け算、割り算を10問程行なった。
 古文は、岩波文庫に収録されている物を、片っ端から読んでいった。 ただ、『源氏物語』だけは、時間の都合で1巻のみにした。

 英語はちょっと困った。 当時北爆が続行され、私は嫌米的感情に支配されていた。 そのため、その国の言語に対しても、素直に触れる気がしなかった。 それを救ってくれたのが『中国の赤い星』だった。 どういう経路でこの本を知ったかは忘れたが、私は、中国革命の指導者達の素顔に引きつけられた。 原書を書店で購入し、これをメインの教科書にし、他は気のむくままに乱読した。 『怒りの葡萄』、『黒人少年』、『タバコ・ロード』、他に『不思議の国のアリス』、『トムソーヤの冒険』なども読んだと思う。

 秋になると“受験勉強”に集中せざるを得なかった。 やはり、今度落ちたら東大に行くのはあきらめないといけないという気持ちもあった。 この時期、一番困ったのは歴史の勉強だった。

 東大受験には、高校の教科書さえしっかり勉強していれば、大丈夫というのは先輩からも聞いていた。 ただ、私にとっては、これは三回目の繰り返しだった。 いわば結果を知っている推理小説を三回読め、と言われているようなものだった。 新しい発見もなかった。 新鮮な驚きがないため、学習意欲は少しも出なかった。 教科書を開くと不思議なほど、すぐ眠たくなった。 睡魔と闘い、アクビをかみ殺し、私は記憶の底の知識をほじくり返した。

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