2011/05/27

新緑のカラマツ林

八ヶ岳の麓、清里高原に行っていた。東京では新緑の季節も過ぎ、圧倒されるような濃緑の季節になってきたが、清里は季節が1月ほど戻ったようで、新緑がなんともすがすがしい。

 

Karamatu 特にカラマツの新緑はしばしば見とれてしまった。画家にならなくてよかった。こんな美しい色は私には逆立ちしてもだせない・・・。


この地域はモミジの種類も多彩だ。イロハモミジ、ハウチワカエデ、ウリハダカエデ、イタヤカエデ、・・・・ちょうど花の季節で、派手さはないが、それぞれ思い思いの可愛らしい花が柔らかな新葉の間から覗いて見える。

美し森の展望台から天女山まで歩こうと思った。かなりの階段を登ると、広大な展望が開け八ヶ岳連山をはじめ南アルプスの北岳、甲斐駒ヶ岳などが青空をバックにすっきりと見渡せる。前日に季節外れの雪が降ったとかで、うっすらと雪をかぶっていて、新緑との対比が又いい。

途中県営牧場に行くつもりが,治山用の林道に迷い込んでしまった。広くて歩きやすKozakura いし、周囲にはキビタキや大ルリの声が響き、川俣川から吹き上げてくる風はひんやりと涼しく、ルンルン気分で歩いていくと山側の滴る湧き水でしっとりとしている岩の表面に可愛らしいピンクの花が点在しているのに気が付いた。はじめてみる花である。崖の上のほうにはムシカリの白い花が盛りであった。

しかし今しばらくいくと道が行き止まりとなり、道を間違えていた事にやっと気が付いた。幸いこの時期、日は長いし体力も未だ十分あったのでさして慌てることなくもと来た道を引き返した。

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2011/05/06

春の里山  続

Shinryoku  この季節、植物の生長は本当に目覚しい。

 十日も経つと緑の色合いも、花々の種類も一変する。

前回歩いた時は、コナラ、ケヤキ、シデなどの落葉樹の初々しい葉の展開に目を奪われたが、今回それらはすっかり“黄緑”に収斂し、替わって常緑樹の芽吹きがにぎやかである。少し赤みがかったクスノキ、アラカシ、タブなどの芽生えが鮮やかに林間を彩る。

 花も選手交替である。

 山ツツジ、フジ、ホオノキなどが林内を飾る。Yamatutuji

すこしばかり薄暗くなった林床に時々キンランの可愛らしい姿が目に付く。以前に比べ、藪が切りひらかれたせいか個体数が増えてきているように感じる。

 この季節、里山を更に生き生きとさせているのは鳥のさえずりである。ウグイス、ガビチョウがいたるところでのどを競っている。

 時々ひときわ響き渡るキジの声も加わる。少し開けた畑に出ると、この時期ばかりはなんら身を隠す事をせず、かえって目立つように悠然と声を張り上げている。雌を呼んでいるのだろう。

 それにしても美しい鳥である。良く今まで生き残ってくれたと感謝したくなる。

Kinran  都会からさして遠くないこんな平凡な里山だが、昔からの日本の自然がさりげなく残っていてくれるのが嬉しい。何千年に渡って慣れ親しんだ日本人のたましいのふるさとなのだろう。これからも大事にしたい。

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2011/04/27

春の里山

 ここ数日、何となく悲しみ疲れして何もする気がせずボーとしていた。気分転換に近くの里山に出かけた。

Tanpopo  暑からず寒からず、暖かな日差しの中、里山は新緑の季節へと大変身中だった。この季節の木々の緑は本当に個性的である。種類ごと、固体ごとに微妙に色合いが違って緑とか黄緑などと陳腐に表現するのが申し訳ない。

 山桜の季節は過ぎたものの、多くの木々は花盛りである。林に入るとなんだか懐かしい香りに包まれた。香りのもとを探すとウワミズ桜だった。白いブラシ状の可愛い花だ。オオシマ桜のようにクマリンを含んでいるため似たような香りがするのだろう。かなり遠くからでも存在が分かる。

 コナラ、クヌギ、エノキも花盛りである。花粉症とは縁がないので私はこの季節の里山が大のお気に入りである。

 木漏れ日も未だたっぷりあるので、地面も様々な花で覆われている。Fuderindou

 タンポポ、スミレ、レンゲソウ・・・春の御三家以外にもハルジオン、ハハコグサ(母子草)、一輪草、二輪草、花ニラ、ムラサキハナナ(紫花菜)、・・・ヤブを刈り込んだところでは筆リンドウも顔を見せていた。

Akebi  草ではないが草ボケも遠めにも真紅が鮮やかである。色々懐かしい花の名前を思い出しながら歩くのも“ボケ”防止になりそうだ。アケビの花を見ると今から秋の実りが待ち遠しい。心身ともにリフレッシュできた一日だった。

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2010/10/08

青いケシを見てきました! 7

 その後数日、“紅原”大草原の雄大な景観を堪能する。何しろ広い。ところどころでヤクの群れがのどかに草を食み、そこかしこに野の花(高山植物)が咲き乱れている。何箇所かで休憩したが、花々の中でのんびりと昼寝でもできたら幸せだろうなと思った。

 この付近に黄河と長江の分水嶺があるという。中国文明を二分する大河の源流が同じ地域から始まっているというのも面白い。

Kouga 九曲黄河第一湾の展望台から一帯を見渡す。河口付近は対岸が見えないほどの黄河も、ココでは幾重にも曲がった幼い河である。しばしば流れを変えているのか周辺には三日月湖も点在する。

そして花湖へ。延々と続く湿原に木道が整備されヤクと観光客が共存している。湖の向こうに巨大な積乱雲(入道雲)が沸き起こっていたが良く見ると周囲がぐるっと積乱雲に囲まれていて巨大な雲の王冠の中心に立っている感じがした。

この辺まで来ると道の整備も終わったのか、ドライブも快適である。途中チベット族の若者だろう、バイクでのツーリングの一行に出会った。

道路整備の進展に伴い今後この地域の雄大な大自然を求めて中国国内外から多くの観光客が訪れるだろう。         

そうなると農業と牧畜業に加えて観光業がこの地域の経済を大きく支えていくのだろう。

今回の旅は、悪路に悩まされ続けたが、数年後には歴史の一齣となるのかもしれない。そういう意味でも貴重な経験ができたと思う。

  

追記  雄大な景色に触れて来たせいか、最近の日本政治における重箱の隅を顕微鏡で覗いているような、政敵のあら捜しには辟易します。

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2010/10/01

青いケシを見てきました! 6

Fumoto_2 旅も4日目、食事にも風景にも慣れてきた。午前中は四姑娘山麓を歩くという。少し緊張したが、ゆっくりとした行程なので思ったほどの負担も感じない。何より珍しい花が次々と現れて写真撮影のほうが忙しくて高山病になっている暇がない。

しばらく行くと遠くに大姑娘、二姑娘、三姑娘、四姑娘と4つの峰峰が朝日に輝いて姿を現した。4女が一番のっぽらしい。ヒマラヤ遠征の訓練登山に使われるという。

午後はこの旅の最大の目的、青いケシを見にいく。バスは更に延々と工事中の悪路を走る。外気が冷えてきたのか窓は水滴で曇り外の景色は何も見えない。しばらくうとうとしていると、車内がざわめいてきた。慌てて窓の水滴を拭くと、道の両端の斜面に点々と青い花が見えた。青いケシ?

バスが止まり皆我先に外に飛び出した。私もカメラを持って後に続く。外は霧がAoikeshi_2 立ちこめ、深深と冷える。道端の斜面をゆっくりと登り手近かな青いケシにたどり着くやシャッターを押す。点々と咲いている。上の方を見上げるとかなりまとまって咲いているが、とてもそこまで登っていく力がない。本当に自分の体が思うように動かせないというのはつらい。

時間は見る間に経ち、ガイドさんにせかされてバスに戻った。道路では工事中の作業員さんが5,6人集まって私達をものめずらしげに眺めていた。彼らにとっては、そこいらのありふれた花を、はるばる外国から来て必死で写真を取っている私達のほうがよっぽど見ものだったのだろう。

 

 バスに戻ってしばらくすると、私は体中が小刻みに震えているのに気がついた。なんと、あんまり慌てていたのでバスを降りる時、防寒服を着るのを忘れていたのだ。この後数日間、私は風邪と激しい下痢に悩むは目になってしまった。トホホ・・・。

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2010/09/17

青いケシを見てきました! 5

 バスは段々と高度を上げ、始めは半袖でも良かったのに長袖を追加し、上着を着込みとバスの内部も冷えてくる。

昼を少し回った頃、夾金山峠に着く。標高4100m。私にとっては未体験ゾーンである。外は寒いとのことだったので、更に防寒着を着てバスを降りる。

Sakurasou 車道を少し外れ斜面を登る。森林限界をすでに超えていて、細かい岩の間に高山植物が必死にへばり付いている。珍しい花々の中に、日本の高山でなじみの花々もさりげなく点在している。

一歩一歩がなんともけだるい。体が自分のもので無くなったようで数メートルの移動がきつい。夢中で写真を撮ったが、しばらくすると手袋をしてなかったので手がかじかんで動かなくなる。

赤いケシ、黄色いケシとケシの種類は豊富だったが、目指すケシはなかった。

そこから又バスで双橋溝に向かった。Kousugi

ここは四姑娘(標高6250m)の山麓、標高3000mに位置し、大自然に抱かれた美しい観光地だ。歩きやすい木道が整備され、残雪残る峰峰を背景に、湿地や小沼が続く。

紅杉という一見メタセコイヤに似た杉木立と高山植物群落に時間の経過を忘れてしまう。

夕闇が迫る頃この日の宿に向かった。

追記

 民主党の党首選が終わりました。結果のいかんにかかわらず残念だったのは、マスコミの中立姿勢が揺らいで(崩壊?)感じられた事と、言葉に対する真摯さを疑いたくなる候補者の存在でした。

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2010/09/10

青いケシを見てきました! 4

 当時中国は国家存亡の危機にあった。アヘン戦争以来、列強の権益争奪戦の舞台となり、国の富は吸い取られ、麻薬中毒も蔓延し国民は物心両面から蝕まれていた。しかし中国人の多くが“阿Q"のように不確かな情報に踊らされ右往左往し、その姿は砂の粒”と嘆かれるほどまとまりがなかった。

そんな中から救国のうねりが沸き起こり1911年、辛亥革命により中華民国の成立を見るが、武力に勝る軍閥、後に蒋介石に実権を奪われ革命主体は弾圧される。

しかし革命の炎は農村に飛び火し“燎原の火”と呼ばれるように燃え盛った。その中から生まれた紅軍が中国革命を推進するまでに成長していくのだが、その厳しい試練の“長征”ルートの中の最も過酷な場面が、今にして思えば今回の旅行と重なっていた。

瀘定橋の攻防は中でも決定的な出来事だった。この橋を奪取できた事が、今の中国の基礎を作ったとも言えるのだ。

毛沢東、周恩来、朱徳、・・・劉少奇、林彪、・・・鄧小平・・・・

すべて長征の試練に鍛えられた人々である。

蛇足だが私達の旅を夏の富士登山に譬えるならば、紅軍の長征は暴風の吹き荒れる冬の富士登山ほどの差があるのはいうまでもないが・・・・。

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2010/09/03

青いケシを見てきました! 3

 成田から飛行機で成都へ、二回目なので緊張もなく、町並みや建物も何となく見覚えがあり旧知の町に来たような感じがした。前回はここから又飛行機だったのだが、今回は違う。徐々に高度順応するようにと翌日からバス旅である。 

途中パンダ繁殖センターへ。去年見たところとは別で、本当にパンダが生息している地域に作られているので、より自然状態で見れる。子パンダが多かったせいもあるが、何しろ可愛い!抱っこしてつれて帰りたくなる。

Gaan この日は雅安泊だった。四川盆地の西端、別名“雨城”といわれるほど雨の多い地で緑豊かな川沿いの古きよき中国の面影をとどめた町並みだ。

この地の茶を飲む習慣が秦の発展とともに中国全域に広がったという正真正銘の茶文化の発祥の地という。

途中食べた地方料理の昼食も美味しく、何となくゆったりとした歴史の中に浸っている気持ちになった。

雅安からの日程はきつかった。何しろバスが長い(6,7時間)。道も狭く、いたるところ工事中であり、さらに急速に高度が上がっていく。両側に迫った山肌は殆んど瓦礫状態だが、どうやって造ったかと思うような猫の額ほどの畑が点在し、トウモロコシや山椒、リンゴの木などが植えられている。

この辺はイ族などの少数民族の居住地といい、家は石を積み上げた一見城塞風の独特のものである。

うつらうつらしながら右手の茶色くにごった濁流と切り立った向こう岸を見ながら、黒部峡谷を何となく思い出していると、ガイドさんの声が飛び込んできた。

“前方に見える橋が紅軍の渡った大渡河の瀘定橋です”・・・・・

余りに突然の出会いだった。もうすっかり忘れかけていた19歳の私が突如呼び出された。あの頃“中国の赤い星(エドガースノー)”を読んだことが現代中国に私が惹かれるようになるきっかけだった。・・・・

                 続く

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2010/08/20

青いケシを見てきました! 2

 ヒマラヤの青いケシ・・・。以前から植物好きの間では憧れの響きを持って語られていた。秘境の地でひっそりと咲いている文字どうりの高嶺の花。一度見てみたい!でも私にとってそれは現実離れした夢のような話だった。

 去年中国四川省の九寨溝に行った折、直ぐ近くに四姑娘(スークーニャン=四女)という山があり、中腹のお花畑は高山植物の宝庫で、青いケシも見られるという話が飛び込んできた。よし!いつか行ってみよう。この話を帰国後友人に話したところ、私以上に青いケシファンだったので、善は急げということになりこの夏早速行く事になった。

(この年になると、いつ何が起こるか分からない。元気な時に行くに限る!)

 とはいっても、四千数百メートルまで行くのである。高山病にならないか、行程に耐えられるか・・・、色々心配はあったが、さして準備をするでもなく出発してしまった。

 四川省の西部は一昨年の大地震で大変な被害にあった地域である。今回の旅行の行程はちょうどその地域と重なってしまった。通行止めの箇所も多い。道路という道路は復旧と新たな建設で掘り返され、いたるところで立ち往生。町も村も、取り壊し予定の建物と建設途中の家々が混在し、正にカオスという状態だった。宿に着いた頃にはバスも、荷物も土ぼこりで真っ白になっているという日が続いた。

 ガイドさんの話によると、この地域は災難続きで、昨年秋以降10年に一度の旱魃に襲われ作物が壊滅的被害にあったと思うまもなく、10年に一度の豪雨に見舞われ土砂崩れで亡くなった人も多かったという。(この異常気象、何とかならないものか!!)

 追記  帰国後甘粛省の土石流災害が報道されました。今回の旅行先に隣接した地域です。犠牲者のご冥福をお祈りするとともに、被災地の急速な復興を願います。

 それにしても地球は最近変である。パキスタンの豪雨災害、ロシアの森林火災、日本の夏の異常な暑さ・・・・。自然現象ということで後始末に追われるだけでなく、もっと地球規模で原因の究明に取り掛かる必要があるのではないだろうか。

人類は古代、川の流れを龍として神格化したが、治水技術の進歩で制御し、今では豊かな生活をもたらしてくれるように変えてきたのだ!

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2010/07/09

宇奈月温泉  続

 前回では、サッカー日本対パラグアイ戦がテレビでちゃんと見れなかったことへの愚痴ばかり書いてしまったが、宇奈月温泉といえば黒部峡谷トロッコ電車の始発駅である。私の目的も当然そこにあった。

 今まで二回ほど来た事がある。初めは子供がまだ小さかった頃の夏休みだった。当然トロッコは満員だったが、子供の喜ぶ姿を見れた事が、周囲の景観以上に私には嬉しかった。二度目は数年前で、紅葉の美しい季節だった。自分自身の人生のたそがれに重ね合わせてしみじみとした気分に浸ったものだ。

 そして今回。梅雨の季節の黒部渓谷は、私の好きな言葉“深山幽谷”を文字どうり体現していた。

Shinzan 小雨にしっとりとうるおった木々の間から、時折谷底を流れる濁流が姿を見せる。聳え立つ両岸は霧に煙り水墨画の世界が広がる。シーンとした空気の中、トロッコ電車の音だけが響き渡る。

 上下登山用の雨具を着ていたので雨も寒さも気にならず、Kisumire ほぼ貸しきり状態のトロッコの旅を満喫できた。時間が十分にあったので終点の欅平から、祖母(ババ)谷温泉まで歩いてみた。所々に雪が残っていた。今年は例年より多いという。そんな場所の一つに黄色のスミレの群落を見つけた。万年雪の冷気に守られているのだろうか。

 有名な観光地なのにカモシカ、猿、時には熊も出没するという奥山をのんびり楽しめたのも、端境期の旅の賜物かもしれない。(今回は赤ちゃんを抱いたお母さん猿に会えました。)

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